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材料解析 第一原理電子状態計算ソフトウェア Siesta

第一原理計算とは

概要と歴史

第一原理計算は、物質の電子の状態に関する理論である量子力学や量子化学に基づく手法です。現在では密度汎関数理論(Density Functional Theory : DFT)がよく使われています。DFTは第一原理計算手法の1つ、ということになります。

歴史的には1926年にSchrodingerが電子のふるまいを規定する方程式を発表したのがこの分野のはじまりと考えられます。その後DFTに関してHohenberg-Kohnの定理、KohnとShamの方法が提案され、理論の基礎の部分が固まりました。1990年以降では、実用的な汎関数が多数、開発され、DFT計算が実際に役に立つものという認識がされていきます。その結果として1998年DFTを含む計算化学の分野で功績の大きかったKohnとPopleがノーベル賞を受賞しています。PopleはGaussian[1]という量子化学のソフトウェアを開発したということで知られています。GaussianはJ-OCTAなど多くの汎用分子シミュレーションソフトウェアからもインターフェイスがとられています。

材料シミュレーションにおける位置づけ

次に、第一原理計算の材料シミュレーションにおける位置づけについて説明します。J-OCTAなどの汎用ソフトウェアでは、現象のスケールに合わせて、ナノメートルスケールからマイクロメートルスケールまで、いろいろな理論とそれに基づくエンジン(ソルバー)が使えます。第一原理計算は、物質の電子的な性質を考える理論に基づいていますから、ナノスケールでの現象が対象です。このスケールでは物質を原子レベルで扱って、モデリングを行っていきます。同様のモデリングを行う手法としては全原子分子動力学(Molecular Dynamics : MD)というものがあり、より限定的に古典MD(Classical MD)と呼ぶこともあります。J-OCTAではCOGNAC[2]、VSOP[3]、LAMMPS[4]、GROMACS[5]、HOOMD-blue[6]、GENESIS[7]などが使えます。では、第一原理計算と古典MD計算はどう違うのでしょうか?

図1. 材料シミュレーションの手法
図1. 材料シミュレーションの手法

古典分子動力学(MD)との違い

一般に分子動力学(MD)というと、古典MDのことを指しており、計算には力場パラメータというものが必要です。力場パラメータを用いて原子間に働く力を計算し、物質のふるまいを調べるのが分子動力学です。ただし、通常使われる汎用的な力場は基底状態を扱っていることになり、異なる電子の状態というのを扱うことができません。物質はたとえば光などが当たると、基底状態と異なる励起状態となったり、その電場によって電子の分極が起こったりします。また、ある分子の近くに別の分子が近づくと反応が起こることがあります。こうした励起状態、電子の分極、分子が反応していく中間的な状態というのは力場による計算では扱うことが難しいため、このような状況を考えるためには第一原理計算が必要になります。

下の図に示すように第一原理計算では電子の分布をあらわに扱います。ですので、電子分極が起こってこの分布が歪むといったことはごく自然に考えることができます。分子動力学では電子による静電的な相互作用を点電荷というもので模擬しています。静電相互作用について第一原理計算と同等の結果を与えるように電荷を決めるということをしていますが、電子の分布について両者は大きく異なるということが分かります。

図2. 力場計算と第一原理計算の違い図2. 力場計算と第一原理計算の違い

第一原理計算の分類

ここで種々の第一原理計算手法について概観しておきます。DFTは第一原理計算手法の1つ、ということを最初に述べました。第一原理計算の分野ではその近似の方法や程度によって種々の計算方法があります。

まずHartree-Fock (HF)法およびそれを高精度化したポストHFと呼ばれる計算手法があります。HF法では同一スピンをもつ電子間の相関を取り込めないという欠点があり、これを色々な方法で取り込むことを行っているのがポストHF法で、MP2 (Møller-Plesset perturbation)、CI (Configuration Interaction)、CC (Coupled Cluster)などがあります。

中でもCC法は非常に高精度に電子状態を計算できる手法であり、現在の第一原理計算ではGold standardと呼ばれる手法ですが、非常に高コストでもあります。一方でDFT法は電子相関を直接考えていきますので、CC法ほどではないものの、低コストでHF法よりは高精度な結果を得ることが出来ます。ではDFT法についてもう少し踏み込んでみていきましょう。

DFT法の基礎

DFT法は現在ではKohnとShamが提案したKohn-Sham DFTと呼ばれる方法が一般的に使われています。Kohn-Sham DFTではエネルギー汎関数は以下のような式で表現されます。

数式

ここで、汎関数とは関数を入力にとる関数のことです。関数は数値を入力にしますが、汎関数の場合はある関数を入力にして、値を返すようなものです。たとえば積分の操作は1つの汎関数とみなせます。ある関数を積分すると、積分値という数値が得られます。エネルギー汎関数もそのようなものだと捉えてください。上式では密度\(\rho\)は空間の座標 \( r \) によって値が変わる関数であり、それを入力するとエネルギー値が得られる、という形になっています。

エネルギー汎関数の最後の項 \(Exc\) は交換相関汎関数と呼ばれるもので、先ほど述べた電子相関についてもこの中で計算されます。DFTの汎関数にはいろいろなものがありますが、研究者はいろいろな現象や物質に対して正確なエネルギーが得られるように工夫してこの汎関数を開発しています。

エネルギー値を得るためには、電子密度が必要です。そのために以下のKohn-Sham方程式を解きます。

数式

Kohn-Sham方程式はSchrödinger方程式に似た形をしていますが、 Schrödinger方程式が多電子に対する方程式であるのに対し、一電子に対するものになっています。

上記の方程式は固有方程式の形をしていますが、\(Veff\) が解である電子密度に依存しているため、解くのには特別な手続きを行う必要があります。つまり、入力の電子密度と、解いた結果である出力の電子密度が同じになるまで、解くことを繰り返します。この手続きを自己無撞着場 (Self Consistent Field : SCF)の方法と呼びます。

交換相関汎関数

DFT法では前述の交換相関汎関数がもっとも重要です。どんな汎関数を選択するかにより結果が異なってきます。交換相関汎関数のタイプとしてはLDA、GGA、Hybridそしてvan der Waals(VDW)型のものが提案されています。

LDAではエネルギー汎関数は電子密度によって決まり、簡単な金属などに適用可能です。GGAは電子密度とその勾配を用いて汎関数が記述されており、現在のスタンダードという位置づけです。DFT計算でよく使われるPBE汎関数はGGAに属しています。Hybrid型の汎関数はLDAまたはGGA型汎関数にHF法の交換エネルギーを加えたものになっています。これは量子化学計算でよく使われているもので、B3LYP汎関数はその代表です。

VDW汎関数は分子間力を考慮した汎関数になっており、異なる位置にある電子間の相互作用を取り込んでいます。同様の方法としてDFT-D汎関数があり、こちらは経験的な関数で分子間力を表現しています。
このように第一原理計算と言っても、そこで使われる汎関数には様々なタイプのものがあり、実際に使う際には対象物質や現象に合わせて適したものを選択する必要があります。

表1. 交換相関汎関数の種類

汎関数のタイプ 汎関数 対象や特徴
LDA
Local Density Approx.
\(E [\rho] \) アルカリ金属などに適用可能
GGA
Generalized Gradient Approx.
\(E [\rho,\nabla \rho] \) 現在のスタンダード。PBE汎関数が有名
Hybrid \(E [\rho,\nabla \rho] + HFX\) B3LYPなどが量子化学計算でよく使われる
VDW/DFT-D \(E [\rho,\nabla \rho,\rho',\nabla \rho']\) 分子間力を考慮した汎関数

SIESTA

SIESTAはDFT計算のためのソフトウェアです。その名前はSpanish Initiative for Electronic Simulations with Thousands of Atoms のアクロニム(頭文字)になっており、SIESTAの名前が示す通り、スペインで開発されたものです。

世界中で利用されていて、SIESTAに関する代表的な論文はこれまで10000回以上、引用されています。SIESTAはもともとアカデミックの利用はフリーでしたが、2016年よりGPLとなり、商用利用においてもフリーソフトとなりました。

図3. SIESTAの代表的な論文の引用数の推移図3. SIESTAの代表的な論文の引用数の推移

DFTソフトウェアの分類

DFTのソフトウェアには色々なものがあります。ソフトウェアのタイプとして、全電子計算か擬ポテンシャルかという視点と、局在基底か平面波基底かという視点があります。

まず擬ポテンシャルについてです。原子の構造を詳しく見ると、原子核と電子から成っています。電子のなかで原子核に近いものを内殻電子、遠いものを価電子と呼びます。擬ポテンシャルを使う計算では、この構造の全てをあらわに扱うのではなく、原子核と内殻電子を合わせたものを擬ポテンシャルとして扱います。そのため計算では価電子のみを考慮すればよく、効率的に計算が行える利点があります。

図4. 内殻電子と価電子図4. 内殻電子と価電子

また局在基底と平面波の違いについては、下図にあるように、原子のまわりにだけ電子を考えるのが局在基底であり、セル全体に広がった沢山の波を考えるのが平面波となります。

図5. 局在基底と平面波基底図5. 局在基底と平面波基底

SIESTAと他のソフトウェア

SIESTAは局在基底と擬ポテンシャルを用いるソフトウェアです。Gaussianは同じく局在基底ですが、孤立分子を対象にした全電子計算が主な用途になります。VASP[8]やQUANTUM ESPRESSO[9]は平面波基底を使った、主として擬ポテンシャルを用いて計算するタイプのソフトウェアです。また、全電子計算で平面波基底を使うソフトウェアとしては、WIEN2k[10]が知られています。全電子計算は非常に高コストですが、最も正確な計算結果として、DFTの精度比較のために用いられています。

平面波によって物質の電子状態を記述することは理論として非常に簡潔であり、固体(結晶)系で非常に成功しています。一方で、SIESTAは局在基底を用いており、原子の周りだけで電子の分布を考えます。これにより、界面系など真空領域を含むようなものを計算対象とする場合に特に効率的な計算が可能です。またSIESTAにはいくつかのVDW汎関数が実装されており、分子間相互作用[11]の計算で優位性があります。
加えてメモリ消費量が少ないことから、100〜1000個の原子を扱う計算が比較的容易に実行可能です。
今後ますます必要になるであろう、規模の大きな計算(固体への分子吸着やナノコンポジットなど)でメリットがあると考えます。

最後に

以上、第一原理計算とSIESTAの位置づけについて概要を説明しました。
ご不明点はお気軽にご質問下さい。

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