射出成形樹脂製品に対して要求される設計要件にはさまざまなものがありますが、その中でもとくに成形性と強度は製品の生産コストや性能に直結するため極めて重要な因子となります。成形性と強度を机上評価するためのCAEツールとして、それぞれ、流動解析と構造解析が利用されています。
Moldex3Dの流動解析結果を構造解析ソフトにマッピングすることで、繊維配向を考慮した構造解析が可能です。成形の時点で構造強度を考慮することができるため、製品性能向上が実現可能になります。強度、固有値、衝撃解析など、解析内容に応じて複数のCAEソフトウェア及びソルバーから最適な組み合わせを選択いただけます。
成形因子を考慮した静的構造解析
Sub-D(Sub-divisional surface editing)モデリング機能とは、中実部品表面のSTLデータから連続的なパッチジオメトリデータを生成する機能です。Sub-Dを用いて作成したパッチジオメトリデータをAnsys Discoveryのメイン機能である ”Explore” モードに受け渡すことで、ジオメトリに対して境界条件を付与したインスタントCAEを実行できます。また、パッチのモーフィングなどの形状編集機能を利用して、形状を変更したときに解析結果がどのように変化するかを簡単に評価可能です。さらに、GPUを用いて計算する”Explore” モードでは高速で答えが出ます。そのため、「ここを少しだけ伸ばしたらどうなるか」「ここを分厚くしたらどうなるか」というwhat-if分析を多く実施でき、設計検討に役立ちます。
より高精度な解析によって精密に設計したい場合は、Ansys のフラッグシップ製品であるAnsys Mechanicalに解析モデルを直接エクスポートして解析します。エクスポートされた解析モデルはAnsys Workbench上で管理されるため、Ansys LS-DYNAのプロジェクトへの変換も可能です。
射出製品の成形性を左右する因子として、製品形状、溶融樹脂の材料特性、成形機のゲート位置や保圧時間などがあり、これらは射出流動解析のインプットとなります。Moldex3Dはこれらの因子を入力として、樹脂製品の成形性を評価するCAEソフトウェアです。成形時の温度分布により生じる残留応力のため、離型後に反り発生することがあります。Moldex3Dは残留応力による静的構造解析を行うことができ、離型後の変形量を評価することが可能です。
繊維配向を考慮した構造解析
繊維を含有した繊維強化樹脂材料の射出成形においては、温度や残留応力に加えて、繊維の配向、繊維長分布、繊維濃度の分布が製品性能に影響します。Moldex3DのFiberオプションにより、成形時の樹脂流れの影響を考慮した繊維配向分布の予測が可能になります。この場合、離型後の反りは温度分布だけでなく、繊維配向分布により生じる異方性弾性特性の影響もうけることになります。Moldex3Dの静的構造解析機能は異方性弾性特性を加味することも可能です。
より高度な構造解析としては、Moldex3DのFEA interface(オプション)を利用し、成形の影響を別の構造解析ソフトに引き継ぐことで、プロセス連携構造解析を行うことができます。
Moldex3D FEA interfaceの出力先として、JSOLが販売する構造解析パッケージであるAnsys MechanicalおよびAnsys LS-DYNAの形式を選択可能です。これらの構造解析ソフトウェアを使い分けることにより、成形因子を考慮した高度な構造解析を行うことができます。
Ansys Mechanicalによるプロセス連携構造解析
構造解析として固有値解析や周波数応答解析をメインに行う場合はAnsys Mechanicalの利用を推奨いたします。Ansys Mechanicalはプリポスト一体型の構造ソルバーで、Moldex3Dと同様に、設計者の方にも使いやすいGUIを備えております。Pro, Premium, Enterpriseの3段階のライセンス構成です。
繊維配向の分布を考慮することで剛性に異方性が現れます。その結果、異方性を考慮しない場合と固有値や固有モードが変わってくる場合があります。
Figure 2に繊維強化樹脂製の軸受け筐体に対するプロセス連携解析事例を示します。回転する軸から入力される振動を低減するために、粘弾性と強度を両立した繊維強化樹脂軸受けが使われることがあります。粘弾性により入力振動を効果的に減衰させて、かつ共鳴が起こらないような設計を行う必要があります。本製品の周波数特性には製品形状だけではなく、局所的な繊維配向も大きく影響します。そのため、射出成形の流動履歴を考慮した解析により振動特性を評価する必要があります。繊維配向を考慮した場合と、そうでない場合で、上位2つの固有振動数に差異が見られることがわかります。
特定の外力入力に対する応答を評価する場合にはAnsys Mechanicalの周波数応答解析機能を利用できます。Ansys Mechanicalはモード法と直接法の両方に対応します。また、ローターダイナミクス機能によりファンなどの回転体の振れ周り振動の予測も可能です。Figure 3に周波数応答解析結果から音響解析を行い、運転時の騒音レベルを評価した結果を示します。繊維配向を考慮することにより騒音レベルに差が生まれているだけでなく、ゲート位置によって繊維配向が変わることで特性が大きく変わることがわかります。
Ansys LS-DYNAによるプロセス連携構造解析
構造解析として落下や衝突などの衝撃解析をメインに行う場合はAnsys LS-DYNAの利用を推奨いたします。Ansys LS-DYNAは動的陽解法を用いた衝撃解析に強いソルバーで、大規模解析における接触計算の速度および安定性面において実績があります。Ansys Mechanical Enterpriseで利用可能なソルバー機能とほぼ同様の解析を1つのライセンスで実施できます。Moldex3Dで実施した射出製品の繊維配向分布を引き継いで製品の落下や衝突解析を行うことにより、製品の強度を正確に評価することができます。 Ansys LS-DYNAに対しても、局所的な繊維配向や含有率の分布に起因する異方性物性を取得するソリューションがあります。JSOLではJ-CompositesのサブプロダクトFiber Mapperや、Digimatにより本機能を実現しております。Ansys LS-DYNAによる樹脂複合材解析ソリューションについては こちら をご覧ください。
機能比較
以下にMoldex3Dの簡易構造解析機能を含めて、各種構造解析ソフトの機能比較表を示します。
Moldex3Dでは射出解析用のライセンスで静的構造解析による反りの評価が可能です。繊維を含有した樹脂については、射出、反りともにFiberオプションが必要です。Ansys Mechanical Proではさらに固有値解析を行うことができます。Premiumでは周波数応答解析に対応します。Enterpriseでは破壊や陽解法に対応します。またMaterial Designerにより局所的な異方性物性を簡単に作成できます。Ansys LS-DYNAはMechanical Enterprise相当のソルバー機能を有しております。
Ansys MechanicalはCADベースの日本語プリポストGUIを備えており、付属のAnsys WorkBenchにより解析プロジェクトを管理できます。反対にAnsys LS-DYNAはソルバーに力点を置いたソフトウェアで、プリポスト環境はサードパーティー製も含めてさまざまなものから選択いただけます。
本記事ではMoldex3Dの流動解析結果を引き継ぐことができる構造解析パッケージソフトをご紹介しました。Moldex3D単体であっても線形静解析で反り量の評価が可能です。さらに高度な構造解析を実施する場合には、FEA interfaceにより各種構造解析ソフトへの引継ぎが可能です。とくに繊維を含有する樹脂の場合は、局所的な繊維配向により製品の強度が大きく変化するため、繊維配向を引き継いだ構造解析が必要になります。JSOLで取り扱いの構造解析ソフトAnsys MechanicalおよびAnsys LS-DYNAはいずれもMoldex3DのFEA interfaceによる引継ぎに対応しております。Ansys Mechanicalは固有値解析をメインに行う場合に、Ansys LS-DYNAは落下衝撃解析をメインに行う場合にお勧めしております。
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