Simulation Insight(シミュレーション・インサイト)

リアルワールドの自動車衝突安全に向けて(2)~ISOレーティング~

2026.01.15
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はじめに

前回のブログでは衝突安全性能評価の一部にシミュレーション結果が正式に用いられるバーチャルテスト(VT)の概要についてご紹介しました(「リアルワールドの自動車衝突安全に向けて 」)。今回はその中で喫緊の課題である「精度」について紹介します。

自動車の安全性能評価は、この数年で大きな変革期を迎えています。特に2026年以降、Euro NCAPが公式評価プロセスにバーチャルテスト(Virtual Testing, VT)を本格的に導入する予定であり、これはCAEエンジニアにとって業務の質と進め方を根本から変える出来事になります。これまで一部試験の補完的な役割にとどまっていたシミュレーションが、評価の本流に組み込まれ、試験結果と同等の扱いを受ける時代が到来します。

今後、新車アセスメントプログラム(Euro NCAPやC-NCAP)のVTにおいて、シミュレーション結果を車両安全評価の一部として正式に採用するための中核要素の1つが、ISOレーティングです。これはISO 18571で規定されており、実験結果と計算結果のようにカーブの一致度を数値化し、公平かつ再現性のある形で評価を可能にする国際標準規格です。こうした変化は技術的な前進である一方で、現場に新たな負荷をもたらします。そこで今回は、ISOレーティング導入の経緯、現場に及ぼす影響と発生する課題、そしてそれらを解決するソリューションとしてのARUP SimVTについてご紹介します。

従来手法とその限界

これまでの試験とシミュレーションの比較では、最大頭部加速度(G)、HIC(頭部損傷基準)といったインデックスの比較や、実験カーブをベースとして±5%の許容範囲(コリドー)内に曲線が収まっているかを目視で確認する、といった方法で精度を評価していました。これらは簡便で直感的ですが、評価基準が会社・試験機関・担当者によって異なる場合がある、ピーク値だけでは曲線全体の一致度を評価できない、目視や経験則に依存する部分が大きく、再現性に欠けるといった問題がありました。こうした背景から、標準化と定量化のニーズが高まり、ISO 18571相関スコアが登場しました。

ISOレーティングの歴史:CORAからISO、そしてEuro NCAP適用へ

自動車の受動安全分野では、試験とシミュレーションから得られるカーブをどう比較するかが長年の課題でした。2000年代、ドイツ系OEMの共同体 PDB がこの課題に本格的に取り組み、2012年に CORA(CORrelation and Analysis) を公表します。CORAは、コリドー(参照曲線の内外に設定した許容帯)への収まり具合と、相互相関(位相・形状・面積の整合)を組み合わせて、曲線全体の一致度を0〜1のスコアで定量化する方法でした。論文とともにツールが提示されたことで、各社のダミーモデル評価や部材・全身モデルの検証に急速に広まり、以後、パラメータ設定や重み付け設計、データ形式(MME)に関する実務知見が積み上がっていきます。

2014年にはISO/TS 18571:2014が発行され、試験とモデルの時系列相関を客観評価するための手順と指標が初めて国際規格として提示されました。さらに2024年改訂:ISO/TS 18571:2024で、総合評価をCorridor、Phase、Magnitude、Slopeの4指標で統合する定義を明確化し、重み付けによる合成式も規定されました。ここで重要なのは、各社実装ごとにばらつきがちだった“評価の仕方”に、共通の土台が与えられたことです。それを受けEuro NCAPのVTC(Virtual Testing Crashworthiness)の手順書や評価プロトコルでISOスコア計算が明記され、OpenVTにてスクリプトも準備されました。

ISO 18571相関スコアの仕組み

ISO 18571は、試験とシミュレーションの時系列データを比較し、4つの指標で一致度を評価します。ISO 18571では、スコアリングを構成する4つの要素が定義されています。

  1. コリドー法
    参照(試験)曲線から内側・外側コリドーを自動生成し、その範囲内にシミュレーション曲線がどの程度収まっているかを評価します。
    • 内側コリドー内 → スコア1
    • 外側コリドー外 → スコア0
    その間は線形補間でスコアが計算され、全時刻の平均値がコリドー法スコアとなります。

  2. 相関法
    以下の3つの指標を同等の重みで評価します。
    • 位相(Phase):曲線同士の時間的ずれを計測。ずれが小さいほど高得点。
    • 傾き(Slope):各時刻の傾き(一次微分値)の一致度を比較。形状変化の一致が重要。
    • 振幅(Magnitude):動的時間伸縮法(DTW: Dynamic Time Warping)を用い、カーブ間における差分を評価。

ISOスコアによる評価の考え方
ISOスコアによる評価の考え方

Arup社のSimVT

ISO 18571に沿ったスコア算出を簡単に行うためにArup社ではSimVTを開発しました。実験から得られたカーブ一式とAnsys LS-DYNAで計算した結果を読み込むと、自動的にそれらを比較したISOスコアが算出されるツールです。コリドー法、相関法による比較結果をグラフで表示し、スコア一覧は表として表示されます。

SimVTが持つ最大の特徴はインタラクティブな要因分析機能です。SimVTはスコア表示とグラフを連動させ、低スコア部分を色分けして表示します。これにより、スコア悪化が位相、傾き、振幅のどれが原因なのか、また実験とシミュレーションが乖離し始めるタイミングなどを直感的に特定でき、原因分析から改善方針策定までの時間を劇的に短縮できます。

Workflows - SimVT Quick-start Guide VT protocols (Quality Models Throughout Your Workflows)

まとめ

2026年からEuro NCAPバーチャルテストではISO 18571導入により評価の透明性は向上することが考えられます。一方、現状のルールでは、安全な車にしようとすればするほどISOスコアを上げることが難しくなる、など評価プロセス自体に関する課題も浮かび上がってきています。しかし、シミュレーション精度向上を議論する共通言語が生まれたことにより、シミュレーション精度向上に関する意識がこれまでと比べものにならないほどシビアになり、また議論が活発になったことは歓迎すべきことでもあります。

モデルに対して行った変更により、どこがどれだけ改善・悪化したかを、SimVTをはじめとするツールで客観的に評価し、打ち手として溜めることでモデル精度改善サイクルを高速化することが可能となります。これにより、VTが目指すリアルワールドにおいて、幅広い乗員に安全を提供する方向に向かうことが期待されます。

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