
CAE Technical Library エンジニアレポート - CAE技術情報ライブラリ
2011.05.02
工業製品や部品の構造解析において、材料特性は解析結果の精度に大きな影響を与えます。材料特性は、多くの構成則(ひずみと応力の関係式)の中から適当なものを選択して、必要なパラメータを特定の計測結果などから同定することでモデル化されます。通常、金属材料などでは、ある程度の大きさの領域もしくは部品全体にわたって同じ材料特性を設定します。
近年、コストや成形性といった利便性から工業製品には樹脂部品が多く採用されており、構造解析において樹脂材料のモデル化技術の開発が求められてきております。工業用材料としての樹脂は、その剛性の低さが課題として挙げられますが、ガラスなどの繊維を添加することにより特性を改善する対策がよく用いられております(FRP=繊維強化樹脂)。また、それらの樹脂工業製品は、射出成形により生産されることが多くなっております。この繊維の添加と射出成形という成形方法からFRPをモデル化するうえで、以下の2つ課題に対する解決策が必要となってきております。
- 射出成形時の流動状態の結果生じる局所的な繊維配向の再現
- 繊維の配向に起因する材料特性の強い異方性とその分布状態の再現
上記の課題は、実験によって繊維強化樹脂のすべての繊維配向状態における材料特性を取得することが現実的ではないため、数値計算による予測手法に期待が寄せられております。
それらの解決策として、図1に示す、樹脂流動解析によって得られる繊維配向分布と、それを用いて局所的な材料特性を予測する手法を組み合わせるアプローチがあります。このアプローチは、樹脂流動解析ソフトウェア Moldex3Dから成形プロセスに起因する繊維配向を材料特性予測ツール DIGIMATにアウトプットし、DIGIMATの機能である構造解析ソフトウェア LS-DYNAとの連成機能により構造解析を行うという手法です。これにより、繊維配向の違いによる強い異方性特性の部品内での分布を考慮した構造解析の実施が可能となります。
図1.FRPのモデル化に対するアプローチ
以下に、このアプローチの詳細をご紹介いたします。
Moldex3Dによる3次元樹脂流動解析
射出成形プロセスにおいて、樹脂の流れ場は3次元的な特徴を有しており、例えば充填中の樹脂の先端(メルトフロント)部分においては、図2に示すような噴水流れ(Fountain Flow)と呼ばれる現象が生じることが知られています。
図2.噴水流れ(Fountain Flow)と繊維配向
上述のような3次元流れ場と、それによる繊維配向を適切に捉えるためには、3次元モデルを用いたソフトウェアが要求されます。これらの要望を満足するソフトウェアとして、CoreTech System社のMoldex3Dがあり、以下の特徴を有しております。
- 流れ場を表すNavier-Stokes方程式を省略せず3次元モデルとして扱っている。
- 粘度やPVTなどの物性も実測値を元に精度よく再現することが可能である。
- キャビティ、ランナーともに3次元のメッシュを採用している。
- 流速の勾配が強くせん断発熱などの現象が現れるスキン部には精細なメッシュを適用する。
これらの特徴から、例えば図3に示す3次元メッシュにより、ランナー部分でのせん断発熱がキャビティ内の流動に影響を及ぼすような現象も捉えることができます。なお、本稿では取り上げませんが、Moldex3Dは金型や冷却管を精細に扱った冷却解析や離型後の反り変形解析にも対応しています。
図3.Moldex3Dで扱う3次元メッシュ
図4.Moldex3Dの並列性能
また、図4は、並列計算時の速度向上の様子を表しています。並列数(グラフではCore数で表示)が増えるに従って、計算速度も上がっていく様子が示されています。Moldex3Dでは、デフォルトで4並列計算機能が付属してくるため、100万要素を用いた計算もストレスを感じずに実施することが可能です。
図5はMoldex3Dによって得られた繊維配向の様子を示しています。Moldex3Dでは溶融樹脂の流動計算を実施しながら、同時に繊維配向の時間発展を計算するなど、繊維配向計算の精度を向上させるための手段が講じられています。
図5.Moldex3Dで計算された繊維配向
Moldex3Dを用いて射出成形プロセスのシミュレーションを実施することにより、その後の構造解析に必要な繊維配向分布・残留応力・体積収縮分布・温度分布・金型やインサート部品の圧力分布・反り変形後の形状とメッシュの情報を得ることができます。本稿で用いるLSTC社のLS-DYNAをはじめ、著名な構造解析ソフトウェアのデータフォーマットで出力することが可能です。
DIGIMATによる繊維配向を考慮した局所的な材料特性の予測
次に、樹脂流動解析によって得られた繊維配向分布データを用いて、各領域の材料特性をe-Xstream Engineering社のDIGIMATを用いて決定する手法をご紹介いたします。DIGIMATにはいくつかの機能が含まれていますが、本稿では、均質化法による材料特性予測機能DIGIMAT-MFと構造解析ソフトウェアとの連成機能であるDIGIMAT to CAEを用いております。
DIGIMAT-MFは、繊維などの各種フィラーを楕円体で近似することにより、均質分散時の物性を高速に算出することができる機能です。計算アルゴリズムは等価介在物理論に基づいており、複合材に加わったひずみを繊維と樹脂のそれぞれに分離する歪み分配テンソルを定義することによって、それぞれの特性を独立に考慮して最終的に足し合わせる手法を用いております。
物性算出に必要なデータとしては樹脂と繊維のそれぞれの物性値(ヤング率、ポアソン比、質量密度、必要に応じて後述の非線形物性)および、繊維の体積、質量分率、アスペクト比、配向テンソルとなります。ここで、アスペクト比は繊維直径に対する繊維長さの比を指しております。
樹脂用の材料モデルとしては、弾性体、熱弾性体、弾塑性体、超弾性、粘弾性、粘弾塑性体と多様な構成則が準備されています。一方、充填材として、繊維に加えて、剛体、ボイドなど複数相を考慮することができます。さらに繊維と樹脂の間の界面領域を定義することが可能であり、界面領域での樹脂の吸着や変形時の剥離などの影響を想定した材料特性を評価することができます。
予測可能な材料特性は、直交異方性材料として力学特性(ヤング率、ポアソン比など)・熱特性(熱膨張係数、熱伝導係数など)・電気特性(電気伝導率など)となります。
図6にDIGIMAT-MFの適用事例を示します。射出成形により作成されたプレートから切り出した試験片の一軸引張試験の結果と、DIGIMAT-MFで評価した結果を示しています。非線形の領域も含め精度よく評価できていることが分かります。
図6.DIGIMAT-MFによって計算された繊維強化樹脂の力学特性
DIGIMAT to CAEは、DIGIMAT-MFの機能を非線形構造解析ソルバの材料サブルーティンとして利用する機能です。また、樹脂流動解析ソフトより出力される配向テンソルのダイレクトインターフェースを有しており、射出成形の過程で生じる製品中の繊維配向の分布を、異方性材料特性の分布として構造解析において考慮することが可能となります。
各構造解析ソフトウェアとの連成は、それぞれのソフトウェアの持つ機能であるユーザー定義材料機能を介して行われ、構造計算中に逐次材料定義をアップデートする強連成機能と、解析実行時に一度だけ材料定義を行う弱連成機能の2手法が提供されています。それぞれの連成手法のメリットとデメリットとしては、
- 強連成
- 利点:非線形領域も含め高精度な計算が可能
欠点:計算時間が増大する(2〜4倍程度) - 弱連成
- 利点:計算時間の増大がない
欠点:大変形の場合精度が悪化する(弾性変形問題への適用を推奨)
が挙げられます。
樹脂流動解析と構造解析の連携
最後に樹脂流動解析と構造解析の簡単な連成計算例を紹介します。図7は正方形の繊維強化樹脂の平板に剛体のインパクターが衝突するLS-DYNAのモデルを示しています。計算には陽解法を用いており、平板の下には支えとなる剛体の板(中央に穴が開いている枠)が設置されています。なお、DIGIMATとLS-DYNAの連携については、前項の最後に述べた強連成の方法を用いています。繊維配向は、Moldex3Dを用いて繊維強化樹脂の流動解析計算を実施して、衝突位置にウェルドラインの有無の違いがある2ケースの繊維配向情報を構造解析に渡しました(図8)。各成分にはポリアミドとガラス繊維の物性を適用しており、個別に破壊条件を設定しています。
図7.LS-DYNAの計算モデル
図8.Moldex3Dの繊維配向解析結果
図9には、複合材における樹脂部分の相当塑性ひずみ成分を示しております。ウェルド有において衝突直後にウェルドライン付近に応力が集中するという、繊維配向の違いの影響をとらえることが出来ています。このように、DIGIMATを用いることによって、繊維配向を考慮出来るとともに、樹脂と繊維の状態を分けて評価することが可能になります。
図9.衝突直後の樹脂成分の塑性ひずみ(Bottom View)
また、一方で、今回はウェルドラインでの繊維配向が及ぼす影響は評価しているものの、樹脂そのものの強度低下は考慮していません。今後、このような効果を取り入れたシミュレーションにも取り組んでいく必要があると考えております。
まとめ
本稿では繊維強化樹脂の射出成形製品および部品について、その構造解析の精度を向上させる方法を提示しました。具体的には、繊維配向予測のための樹脂流動解析にMoldex3D、繊維配向によって変化する局所的な材料特性予測にDIGIMATを適用するものです。
これらのソフトウェアを組み合わせることによって、今まで不可能であったプロセス設計、材料設計、構造設計の3つのフェーズを組み合わせたシミュレーションが可能となります。今後、実測結果との比較などを通して、その有効性を提示していくことを予定しております。
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