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CAE Technical Library 橘サイバー研究室 - CAE技術情報ライブラリ

Vol.41 壁式構造礼賛

2020年5月22日

  • 手前のビルは崩壊している。
向いのビルは上層部に衝突の跡らしきものがあるがほぼ無事(写真-1)
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    手前のビルは崩壊している。 向いのビルは上層部に衝突の跡らしきものがあるがほぼ無事(写真-1)

  • 1層左部分が店舗部分で壁が少なく、鉛直余力が右部分より少なかったかと思われる。(写真-2)画像拡大

    1層左部分が店舗部分で壁が少なく、鉛直余力が右部分より少なかったかと思われる。(写真-2)

  • 途中の階でスッパリとせん断破壊が生じている。(写真-3)画像拡大

    途中の階でスッパリとせん断破壊が生じている。(写真-3)

兵庫県南部地震(1995)に襲われたのは、ずいぶん久しぶりのことだった。4歳の時に母の実家のある徳島で南海地震(1946)に大きくユッサユッサと揺さぶられて以来だ。家の屋根を支える松の木の小屋組みに大きなひびが入った。その後も父の転勤により東京の社宅に移り住んでからも地震はそこそこ揺れた。しかし、地震のたびに外に飛び出して辺りをキョロキョロしていたのは関西もんだけだったようだ。江戸っ子は慣れているのか、ちょっとやそっとの地震で外に出てこない。

ところで兵庫県南部地震は直下型だったのでユッサユッサでなく、いきなりガタガタガタだった。(あまり学術的でないが4歳の時の記憶と合わせて)その被害だが、原型が分からないほど壊れた瓦礫のそばにほとんど無被害で建っていたビル。層崩壊でなく、いくつかのスパンで縦方向に崩れたマンション。着底したピロティや大きく傾いたピロティ。倒れた高速道路のすぐ横 でほとんど無被害で建っていたプレハブ住宅などなど。
その一部を(写真1)〜(写真-3)に示す。

いずれも自然による判定であって「自然の脅威は弱いところから襲う」という当たり前の結果に違いない。この当たり前のことが事前になかなか明晰判然と見えてはこない。

今さら言うまでもないが、建築設計は一品生産、一発勝負の度胸のいる世界であり、又、同時に、祈りの世界でもあると言われる。半世紀以上もの間、襲い来る地震や台風などに耐え、しかも踏ん張る足元の素性はほんのわずかの資料しか与えられない。期日内に設計・施工を完了して、後は息をひそめて、建物が天寿を全うするのを祈るしかないではないか。勿論、設計のよすがとなる多くの規・基準、計算手法などが準備されているにはいるが・・・・。

限界耐力計算のもとを辿ると

ところで、建築基準もこれまでの自然災害による教訓を踏まえて大幅な改定がなされ、許容応力度計算、保有水平耐力計算、地震応答計算、以外にも限界耐力計算、エネルギー法が新たな選択肢として加わっている。この少し馴染みにくい限界耐力計算やエネルギー法も、その源流をさかのぼると身近なものとして感じられる。

(以下敬称略)
1935年に棚橋諒が関東震災の被害例を調べ、簡単な振動論から新たな建築耐震性能についての仮説をうちたてた[1]。それは、建築物の耐震性能は柔構造でもなく剛構造でもなく、エネルギー吸収能力できまるとし、眞島健三郎と武藤清の柔剛論争に決着をつけたものだった。文中には「地震の破壊力は最大速度の自乗に比例すると考えるべきである」として実際の破壊もその尺度で裏付けられることを示し、「十分に信頼し得る長周期の構造物をつくるためには特殊な構造法すなわち免震構造をとる以外に方法はないのであろう」とある。棚橋は当時なんと28歳であった。

それから約20年後にHousner は高架水槽アンカーボルトの塑性変形にヒントを得て世界地震工学会に限界設計法を提案した[2]。それはD.E.Hudson の名付けた「1質点系」の応答をベースとする速度応答スペクトルを用い、入力エネルギーを塑性や減衰のエネルギーで吸収する設計手法だ。一方、棚橋はその頃には既に非線形応答解析を試みていた[3]。が Housner は設計には適さないと批判的であった[4]。其の後、塑性ヒンジ による崩壊機構を前提とした研究や Reisner[5] らにはじまる地盤-構造物 連成の流れの上に小堀鐸二らによる多くの研究があり、又、Housnerの考えも秋山宏らにより詳しく検討され、より安定したエネルギー応答スペクトルの提案などもあり限界耐力計算法や鋼構造用のエネルギー法が選択肢として法令に組み込まれた・・・と私なりに荒っぽく解釈している。鉛直力の軽視や動的縮約[6]が気になるも、それまでの研究成果を設計法にまで昇華させたことは高く評価されるべきであろう。

ところで何気なく利用される「串だんごモデル」であるが、これは、武藤により確立されたいわばコロンブスの卵である。当時は、梁の中央に集中質量を載せた振動から解き起こし、やっと門型ラーメンの固有周期にまでたどりついていたに過ぎない。当然、各柱の真ん中にも集中質量を付加していた。それを武藤は1層分を1質点にエイヤッと置き換えることにより一気に飛び越え、実用的な周期計算法として提案したものだ[7]。簡単な実験で試しながらの50ページを超えるその論文に「串だんご」の生みの苦しみと、武藤の一貫したプラグラマティックな思想を読み取ることができる。但し、串だんごの利用のされかたは、武藤の意図(固有周期の算定)をはるかに超えて、建物全体の破壊モードまで含めてしまっている場合も多い。その場合は(写真-2)のような崩壊モードは、はなから考えていないことになる[8]。

未解決の問題と壁式RC構造

ところで、未解決の問題がある。それは兵庫県南部地震をもってしても壊すことができなかった建物についての説明である。壁式RC構造やプレハブ住宅についてどう説明するのか、といった問題だ。よく言われるのは、解析の際のモデル化の困難さが結果として安全側になったのだろうとか、プレハブ住宅では外装材などの計算外の部位がかなりきいている、といったことである。しかし壁式RC構造についてはそれだけではないように思う。

鉛直荷重についてであるが、軸組みの場合、分布する鉛直荷重の流れは各階ごとに一旦「柱に集められて」下の階に伝わる。一方、壁式の場合は面内応力として壁からそのまま下の階の壁へと伝わる。したがって「集められ具合」はゆるく、1本の柱が破壊するとその上階全体が傾くというようなことは少ない。又、壁厚も耐震性以外に断熱性や遮音性など別の理由から一定以上に保たれるので結果的に鉛直応力度レベルで相当な余裕を持つことになる。

はじめに限界耐力設計にふれたのも、実はRC構造では柱の動的な軸耐力が重要であり、そのことが串だんご的な見方では軽視されていることをここで言いたかった訳である。鋼構造に比べRC構造はいくぶん重たく、柔性に欠ける(これには異論も多かろう)。それだけに鉛直荷重が軽視できない。それは偏心によるP-δ効果や塑性モーメントの低下といった意味だけでなく、地震の上下加速度入力による柱の軸力変動[9]そのものの意味においてでもある。

RC壁式構造へのラブコール

私の言うRC壁式構造は、例えば、公団型の集合住宅のようなものである。この公団型の住宅の強靭さを最初に知ったのは大学3年の時の新潟地震(1964)の時だった。新潟でそれがほぼ真横に転倒している写真が新聞に載った。その際に騒がれたのは砂質地盤の液状化問題[10]だった。つまり砂上の楼閣の液状版というわけだ。しかし、耐震設計では建物に自重の20%の水平力を加えても安全ならば佳しとなっている。この建物もそのように設計されていたはず。ならば、ほぼ真横になってているから倒れる途中に側壁に太いクラックの2,3本が入ってもバチは当たらない。ところが色々写真で見た限りは目立ったクラックはなかった。液状化のことより、こうした構造はまるでマッチ箱のように転がしても壊れないくらい丈夫なのだと感心したものだ。
新潟地震だけでない。兵庫県南部地震でも公団型の集合住宅の被害は軽微であった。

壁式RC構造は専門外であるが、5楷建て程度なら相当大きな地震にも弾性設計ができそうに思う。形態が画一的で面白さに欠けるというなら、それは過去のイメージにとらわれているだけで設計家の怠慢と言われても仕方があるまい。地震の少ないヨーロッパではレンガ造りの違いはあるにせよ集合住宅はほとんど壁式の中低層までであり、なおかつヒューマンスケールの美しい街並みを形成している。
耐震性や遮音性などの居住性にすぐれた壁式RC構造の勝負する相手は塑性設計や高強度コンクリートによる超高層マンションなどではないような気がしてならない。

脚注
  • [1] 棚橋諒”地震の破壊力と建築物の耐震力にかんする私見“, 建築雑誌, 昭和10年5月,pp.578-587
  • [2] G.W.Housner,”Limit design of structure”, Proc. of the world conference on Earthquake Engineering, June 1956,pp.5-1〜5-12
  • [3] R.Tanabashi,”Nonlinear Vibrations of structure”, ibid, pp.6-1〜6-14
  • [4] G.W.Housner,”Behavior of structures during earthquake”, ASCE, EM, 1959, pp.109-129 の p.125
  • [5] E.Leisner, “Stationäre, axialsimmetrische, druch eine schuttelnde Masse errege Schwingungen eines homogenen elastschen Halpraumes”, Ingeniur-Archiv. Vol.7, 1936、pp.381-396,
    なお、これには一部に誤りがあると1988年に本人から伺ったが、それがどこか忘れた。
  • [6] 応答スペクトルを用いた設計法は1自由度系に縮約しなければ話が落ち着かない。自由度の縮約については Guyan や`Archer らによっても1965年頃の AIAA Journal 紙上で一般的な形式で提案されている。限界耐力計算はモードベクトルが一種の shape function として導入されエネルギー的な意味での近似モデルに置換されるが、この物理的意味の解説がないので多くの設計者はこのへんで躓いているのではなかろうか。
  • [7] 武藤清「建築物の振動性と之に及ぼす地震動の影響」建築雑誌,76号, 1924, pp.535-593
  • [8] 橘英三郎「鉛直方向の軸的耐力に対する設計法は?」2992年度日本建築学会大会PD[都市直下地震に対して構造物の耐震対策として何をなすべきか?]配布資料 pp.83-99.
    ここではサーボ型繰り返し圧縮テストで壊れる寸前まで平気な顔つきのコンクリート試験体も紹介している。ということは? 1度目の地震で平気な顔をしていても2度目の地震で突然破壊、ということもあり得る。
  • [9] Y.Mizushima, N.Ichinose, E.Tachibana, “Large-scale simulations of the dynamic behavior of rein-forced concrete buildings”, Proc. of Int.Syymposium on Structures under Earthquake, Impact and Blast loading (IB’08) 2008, pp.135-142

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