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建築物設計における衝突作用の設計荷重と衝突シミュレーション

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LS-DYNA

2020年2月に、国際標準化機構(ISO)において、建築物に作用する想定内事象の評価としてISO10252 Accidental Action(偶発作用)が制定されました。このうち、衝撃作用として、自動車や列車等の衝突荷重の設定に対し、LS-DYNAを用いたシミュレーションが利用されています。

そこで、今回のエンジニアレポートでは、「建築物荷重指針・同解説」(2015)やISO10252等に記載されている衝突作用の設計荷重の設定法、および、衝突シミュレーション解析適用例などをご紹介いたします。

1. 建築物における耐衝撃設計の近状

建築物の設計に対する衝突作用は、国際規格であるISO2394「構造物の信頼性に関する一般原則」において、「当該構造物が,その基準期間中に大きな値はおそらく経験しないであろうと思われる作用」として定義される偶発作用に含まれます。国土交通省にてまとめられた「土木・建築にかかる設計の基本」では、偶発作用は、確率論的手法による予測は困難であるが、社会的に無視できない作用であり、社会的に対応するリスクといった概念で考えるべきであるとしています。建築物の自重に代表される永続作用や風、雪、地震のような変動作用と比較し、偶発作用は、その発生頻度の少なさ、ランダム性の高さ、限定された環境下、作用時間の短さ、被害域の局所性といった特異な要因のため、統計的、体系的な評価が難しく、設計基準の整備が十分になされていませんでした。

しかし、2001年のWTCへの飛行機衝突、2005年の兵庫県尼崎市におけるJR福知山線脱線事故、2013年の東日本大震災などの惨状を通して、いったん発生すれば建築物に甚大な被害が及ぶなど社会的影響が計り知れないことを改めて思い知らされました。このような事故や災害から生命、身体や財産を守り、安心、安全な社会を構築するためには、衝突作用を受ける建築物の安全性を合理的に検討する設計法を確立することが強く望まれました。

こういった状況を背景に建築物の耐衝撃設計に関する検討が建築・土木業界にて進められました。JSOLも日本建築学会WGの一員として参画し、指針等の策定を行いました。その成果として国内では2015年に「建築物荷重指針・同解説」(以下、「荷重指針」)の改訂において、衝突作用を含む衝撃荷重の項が新たに追加されました。さらに、2020年2月には、国際標準化機構(ISO)において、ISO10252 Accidental Action(偶発作用)(以下、「ISO10252」)が新規制定されました。本書では、事象の発生確率などの確率論的表現が取り入れられました。このように建築物設計において、設計荷重に衝突作用を考慮できる環境の整備が加速されています。

2. 衝突作用における想定事象と設計荷重の考え方

荷重指針では、わが国の輸送手段などを鑑み、衝突作用として、自動車の衝突、脱線列車の衝突、小型飛行機の衝突、ヘリコプターの落下および、フォークリフトの衝突と想定しています。また、ISO10252では、各国の輸送手段を考慮し、自動車の衝突、脱線列車の衝突、船舶の衝突、航空機の衝突、ヘリコプターの落下および、フォークリフトの衝突を想定事象としています。
衝突作用を動的現象として捉え、動的応答解析等を用いて安全性・機能性の照査を行い、設計荷重を荷重−時間曲線(F-t曲線)より設定しています。F-t曲線は、衝突シミュレーション解析から求めるほかに、エネルギ論的手法や既往の実験研究に基づき導かれた経験式・推定式などにより求めています。

3.衝突作用における設計荷重の設定例

衝突作用の事象のうち、自動車の衝突および、ヘリコプターの落下についてご紹介いたします。

3.1 自動車の衝突による設計荷重

自動車道路に隣接している建築物、敷地内への自動車の乗り入れを認めている建築物、および駐車場として利用される建築物に関しては、自動車の衝突・落下に対する検討を行うことが求められています。設計荷重の設定として、計測値に基づいた推定式によるアプローチと衝突シミュレーション解析による設定例をご紹介します。

設計荷重は、F-t曲線を動的荷重としてそのまま用いる場合や最大荷重を静的設計荷重として与える場合があります。なお、ガードレール、段差、溝、植え込み、ボラード(車止め)などによる衝突防止対策が行われている場合は、防止対策の効果に応じて設計荷重を低減することができるとしています。

(1)計測値に基づく自動車衝突における設計荷重の設定例
自動車については、実車の前面衝突試験の結果が公開されている場合があります。前面衝突試験の衝突荷重のF-t曲線を、最大荷重F、ピーク時刻tp、作用時間tendにより定義される三角波として近似し(図1)、図2のように運動量p(車体重量m×衝突速度v)により整理すると、図2の黒線に示すような近似式が得られます。本式を用いれば、任意の衝突条件における設計荷重が、三角波のF-t曲線として推定することができます。

図1 前面衝突試験のF-t曲線の三角波近似 灰線:前面衝突試験のF-t曲線 黒線:三角波近似
図1 前面衝突試験のF-t曲線の三角波近似
図2 前面衝突試験における運動量と最大荷重および、ピーク時間の関係 図2 前面衝突試験における運動量と最大荷重および、ピーク時間の関係

(2)衝突シミュレーション解析を用いた設計荷重の設定例 車両の有限要素モデルを用いた衝突シミュレーション解析から得られた衝突時の最大変形図とF-t曲線を図3〜4に示します。自動車モデルには車体構造を模擬した精緻な有限要素モデルを用いており、衝突シミュレーション解析としては大規模なモデルになっています。衝突時のエネルギは衝突体である自動車がすべて吸収するハードインパクトを仮定し、剛な壁への前面衝突シミュレーションを行うことにより衝突荷重を算出しています。
このようにLS-DYNA等を用いた衝突シミュレーション解析は衝突作用の衝撃荷重を求める一手法として適用することができます。衝突シミュレーション解析の衝突荷重は図4(A)のような複雑な波形を示しますが、設計に用いる際には、図4(B)のような力積が等しい簡易な三角波などに落とし込む方が取り扱いやすいと考えます。

図3 衝突シミュレーション解析における最大変形図 衝突速度20km/h衝突速度40km/h衝突速度60km/h
図3 衝突シミュレーション解析における最大変形図
図4 衝突シミュレーション解析におけるF-t曲線と三角波近似例 (A)F-t曲線(B)三角波近似例
図4 衝突シミュレーション解析におけるF-t曲線と三角波近似例

3.2 ヘリコプターの落下による設計荷重例

屋上にヘリポートを有する建築物においては、ヘリコプターの落下に対する検討を行うことが求められています。ヘリコプターの落下は、不時着時における機体底面からの落下を想定しています。屋上床への落下が主な対象ですが、誤運転による上層階の柱・梁・壁への衝突を検討に加える場合もあります。
ここでは、エネルギ論的手法による設計荷重の推定例を紹介します。衝突時のF-t曲線の力積(衝突荷重の時間積分値)が衝突現象における運動量(=ヘリコプターの総重量×衝突速度)に等しいと仮定し、F-t曲線を決定します。荷重の作用時間は、衝突時に減速しないとの仮定のもと、ヘリコプターが変形する長さを衝突速度で除して求めます。F-t曲線の形状は衝突事象に応じて設定します。F-t曲線を三角波として仮定すると荷重の最大値がもっとも大きくなります。設計荷重として、F-t曲線を動的荷重としてそのまま用いる場合や最大荷重を静的設計荷重として与える場合があります。フェンスや緩衝部材の設置などにより衝突防止対策が施されている場合は、防止対策の効果に応じて設計荷重を低減することができます。設計荷重の作用面積は、機体の高さ、幅、長さ、建築物との位置関係などを考慮して設定します。

図5 ヘリコプターの落下における想定事象とF-t曲線の三角波近似 図5 ヘリコプターの落下における想定事象とF-t曲線の三角波近似

4. おわりに

建築物設計の基準となる荷重指針および、ISO10252における衝突作用の設定のうち、自動車の衝突とヘリコプターの落下事象について紹介しました。

このように建築物設計において、設計荷重に衝突作用を考慮する枠組みが固まりつつあります。ご紹介したようにLS-DYNAに代表される衝突シミュレーション解析は、衝突作用の設計荷重を決定する一手法となります。ご興味を示すきっかけの一助となれば幸いです。

本記事および建築物設計におけるLS-DYNAを用いた設計荷重に衝突作用の考慮については、こちらからお問い合わせください。

参考
  • [1] ISO2394(1998): General Principles on Reliability for Structures
  • [2] 国土交通省(2002):土木・建築にかかる設計の基本
  • [3] 日本建築学会(2015):建築物の耐衝撃設計の考え方, 日本建築学会
  • [4] 日本建築学会(2015):建築物荷重指針・同解説(2015) , 日本建築学会
  • [5] Eurocode 1: Actions on Structures, Part 1-7: General Actions, BS EN 1991-1-7(2006) ,British Standards
  • [6] ISO 10252(2020): Bases for design of structures - Accidental actions

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