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技術顧問就任の挨拶

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:技術情報 / その他
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LS-DYNA

株式会社JSOL エンジニアリング事業本部 技術顧問安木 剛

安木 剛
株式会社JSOL エンジニアリング事業本部 技術顧問
大阪大学 招へい教授
ご専門:衝突安全、生体工学、有限要素法

1. はじめに

私は本年1月1日で40年勤務したトヨタ自動車株式会社を嘱託契約満了に伴い退社し、2月1日に株式会社JSOL エンジニアリング事業本部に着任しました。皆様とLS-DYNAなどを使用するCAEの新たな可能性についてディスカッションできることを楽しみにしております。

1988年から現在まで主に自動車の衝突安全の研究に関わってきました。1999年からLS-DYNAを使用して車体の変形・乗員保護・人体耐性などの研究をしてきました。これらの私の研究歴のなかから車体の変形をLS-DYNAで計算して面白いと思ったことを本稿で紹介したいと思います。

2. 車体の有限要素モデル

1986年以来、自動車の衝突試験での車体の変形の計算ではBelytschko・Tsay板要素(BT板要素)が使用されました(1,2)。1990年代では衝突安全の法規制の増加に伴い、衝突計算する衝突形態も増加しました(3)。このなかで、車体変形の予測精度の向上が必要となりました。まず、部品の圧縮や曲げの試験結果と計算結果の比較検証に基づいてBT板要素をLS-DYNAのtype16シェル要素に変更しました。LS-DYNAの開発者のHallquist(ホルキスト)さんが、type16シェル要素での自動車の衝突計算の安定性を改善するとしてLS-DYNAのコントロールカードにNFAIL=4のオプションを追加してくださいました。type16シェル要素の一要素の計算負荷はBT板要素のそれの3.7倍ですが、約100並列のMPP版のLS-DYNAでの自動車の衝突計算ではelapsed timeの増加は約10%でした。

次に、シェル要素のサイズと計算精度の関係を自動車工業会の研究活動の一環として地球シミュレータ上のLS-DYNAでの剛体壁に前面から衝突する計算で確認しました(4)。結果は、計算精度の観点からシェル要素のサイズは2mmが望ましく、車体を構成する部品の計算格子は自動生成のままで使用しました。この時の車体の要素数は約1500万で、並列計算機数が500個までは計算速度の向上が見られました。自動車の衝突計算では、応力計算と接触計算がelapsed timeを主に占めますが、応力計算は並列計算で高速化しやすいようですが、接触計算は計算ノード間の通信が多く並列計算では応力計算ほど高速化が容易ではないとの感触を得ました。

3. アルミのハニカムバリヤの有限要素モデル

自動車の衝突試験で自動車と衝突するアルミのハニカムバリヤ(バリヤ)の初期降伏曲面を横浜ゴム株式会社様のご協力を得て実験で調査し、その結果を基にLS-DYNAのソリッド要素に使用するMATカードの降伏曲面をLSTC社(現LST社)に改修してもらいました(5)。比較的変形量が小さい米国側面衝突試験のバリヤでは計算精度の改善が見られましたが、他の衝突試験のバリヤではその改善は少ない結果となりました。他の衝突試験のバリヤでは変形量が大きくアルミハニカムを構成するアルミの薄板の一部が破断する場合があり、バリヤのどこでどれだけアルミの薄板が破断するかにより後続降伏曲面が変化すると推定しました。この降伏曲面の変化を理論的に記述するのは我が身には重すぎるので、アルミハニカムをソリッド要素ではなくシェル要素で作成しました。計算時間短縮のために、アルミハニカムの大きさは実物より大きくしましたが、側面衝突でも前面衝突でも大幅に計算精度が改善されました(6,7)

4. スポット溶接の有限要素モデル

車体とバリヤの変形の計算精度改善が進んだので、衝突計算中でのスポット溶接の破断の模擬に取り組みました。まず、スポット溶接のナゲットをBEAM要素とし、BEAM要素に作用する引っ張り荷重と曲げモーメントなどの方程式でBEAM要素を削除するか否かの判定をしました。この方法はスポット溶接のBEAMの位置を自在に変更可能でしたが、方程式の定数を決定するために多くのISOの試験片の引っ張り試験結果が必要でした(8)。次に、スポット溶接のナゲットの近傍のHeat affect zone(HAZ)をシェル要素として、その塑性歪でHAZのシェル要素を削除するか否かの判定をしました。スポット溶接のBEAMの位置を自在に変更可能ではなくなりましたが、ISOの試験片の引っ張り試験の回数は減少しました(9)。超ハイテン材のスポット溶接では異なる破断のパターンが見受けられるため、ナゲットをソリッド要素に変更しました(10)

5. おわりに

本稿でご紹介した解析は、自動車技術会などで発表したものです。業界標準とされたBT板要素をtype16シェル要素に変え、7〜10mmの計算格子サイズを2mmに縮小し、アルミのハニカムのソリッド要素をシェル要素に変え、スポット溶接のHAZの歪をシェル要素で算出しました。一見すれば計算時間の観点から非常識にも思えるこれらのアクションは、1999年頃にMPP方式の並列計算機が衝突計算用に登場し始め自動車の衝突計算が高速化され、計算機の導入コストも低減されることを見越したものでした。

乗員保護・人体耐性についても機会があればご紹介したいと思います。

参考文献
  • 1. 安木剛, & 山崎洋樹. (1996). 車両のオフセット前面衝突のコンピュータシミュレーション (特集 『衝突安全』). トヨタ技術, 46(2), 48-53.
  • 2. 安木剛, & 杉田憲彦. (1996). 衝撃吸収機構の形状最適化例. 計算工学講演会論文集, 1(2), 637-640.
  • 3. 安木剛. (1998). 衝突シミュレーションの車両開発への適用. 自動車技術, 52(4), 43-48.
  • 4. 三好勝宏, 安木剛, 梅谷浩之& 島本浩樹. (2007). 地球シミュレータを使用した超大規模並列衝突解析活動について. 学術講演会前刷集, 142(7), 23-24.
  • 5. Kojima, S., Yasuki, T., Mikutsu, S., & Takatsudo, T. (2005). A study on yielding function of aluminum honeycomb. In 5th European LS-DYNA Users Conference.
  • 6. 小島茂樹, 安木剛, & 大野浩二. (2007). シェル要素を用いた IIHS 側面衝突用 MDB モデルの開発. 自動車技術会論文集, 38(6), 277-282.
  • 7. 小島茂樹, 安木剛, 金子正人, 川原康照, & 高橋直樹. (2008). シェル要素を用いたオフセット衝突解析用バリアモデルの予測精度向上. 自動車技術会論文集, 39(3), 371-376.
  • 8. 熊谷孝士, 城岡正和, 大鉢次郎, & 小河俊朗. (2007). 自動車衝突解析用スポット溶接の破断モデルの開発. 自動車技術会論文集, 38(6), 283-288.
  • 9. 桑原正明, 安木剛, & 熊谷孝士. (2015). 側面衝突解析におけるスポット破断予測精度の向上. 自動車技術会論文集, 46(3), 633-638.
  • 10. 安木剛. (2018). 塑性加工部品とスポット溶接の衝突強度評価. ぷらすとす, 1(1), 19-23.

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