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創薬や製剤のシミュレーション

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:技術情報 / 機能紹介
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J-OCTA

1.はじめに

今回は、「J-OCTA(ジェイ・オクタ)」のライフサイエンス・創薬分野のための新機能をご紹介します。

J-OCTAは、原子・分子のスケール(ナノメートル)からメソスケール(マイクロメートル)の領域までの現象をコンピュータ上で計算することが可能な「マルチスケールシミュレーション・ソフトウェア」です。もともとは国家プロジェクトで開発されたフリーソフトウェア「OCTA(オクタ)」をベースとしています。OCTAはソフトマター(ソフトマテリアル)のためのマルチスケールシミュレーションを実現するために開発されました。

ソフトマターというと、樹脂やゴムをはじめとした「材料」を思い浮かべがちですが、生体分子や生体膜もその範囲に含まれます。とは言え、今までのJ-OCTAのモデリング機能は、主に材料設計に役立つよう開発されてきました。一方で、最近ではJ-OCTAのユーザー様から頂くお問い合わせの中にはライフサイエンス系、つまり創薬や製剤のためのモデリングに関するものが増えてきました。また、バイオ材料のシミュレーションも、近年そのニーズが高まってきています。そこで、これらのご要望にお応えすべくJ-OCTAの機能拡充を進めており、以下ではその一部をご紹介します。

2.製剤のシミュレーション

メソスケールのシミュレーション手法である散逸粒子動力学(DPD)を用いて、脂質二重膜および混合脂質のベシクル(リポソーム)形成のシミュレーションが可能です。ベシクルは脂質ナノ粒子(LNP)として、ドラッグデリバリーシステム(DDS)に用いることができ、新型コロナウイルスのワクチンにも適用されました。

図1は、DPDで計算されたLNPの形状を示しています。両親媒性分子(一本の分子の両末端がそれぞれ疎水性と親水性の性質をもつもの)が溶液中で自発的に形成する集合体となっており、赤が親水基、青が疎水基を示しており、断面図を見ると球の中心にも親水基が集まっていて、別成分(機と緑)が閉じ込められています。ここに薬剤などを入れることになります。

図1. DPDで計算されたLNPの形状(左:全体、右:断面図) 図1. DPDで計算されたLNPの形状
(左:全体、右:断面図)

詳細は以下の文献をご参照ください。

[1] H.Doi et al., “Dissipative particle dynamics (DPD) simulations with fragment molecular orbital (FMO) based effective parameters for 1-Palmitoyl-2-oleoyl phosphatidyl choline (POPC) membrane”, Chem. Phys. Lett., 684, pp427-432 (2017) https://doi.org/10.1016/j.cplett.2017.07.032

[2] 新庄他, “X線小角散乱と散逸粒子動力学法を用いた脂質膜およびベシクル形成メカニズムの解明”, J. Comput. Chem. Jpn.,17, pp172-179 (2018) https://www.jstage.jst.go.jp/article/jccj/17/4/17_2018-0012/_pdf

これらの文献で用いられているのが立教大学の望月研究室で開発された「FCEWS(エフシューズ)」というツールです。ツールの詳細は以下のサイトにまとめられていますが、DPDで用いる粗視化ユニット間の相互作用パラメータ(χ(カイ)パラメータと言います)を、量子化学計算を利用して求めることができます。

[3] 東京大学生産技術研究所・革新的シミュレーション研究センター, "フラグメント分子軌道計算に基づく粗視化シミュレーション用の有効相互作用(χ)パラメータのワークフローシステムFCEWS (FMO-based Chi parameter Evaluation Workflow System)", 計算工学ナビ, http://www.cenav.org/fcews_ver1_rev2/

上記のような「ナノ粒子製剤」のほか、「固体分散体製剤」の混和性に関して同様なDPDを用いたアプローチを適用した事例など、以下の文献にまとめられていますのでご参照ください。

[4] 米持, 福澤, “【製剤と粒子設計】計算化学が拓く新しい製剤設計戦略 −LNP製剤・固体分散体製剤への応用−”, Pharm Tech Japan, 37, 8, pp191-201 (2021)

3.創薬のシミュレーション

J-OCTA は、分子動力学(MD)エンジンGENESIS[5][6][7] へのインタフェースを提供しています。GENESISは理化学研究所を中心に開発されている分子動力学ソフトウェアで、フリーソフトウェア(LGPLv3)として配布されています。
GENESIS Windows版はJ-OCTAに同梱されています。GENESISは大規模な並列計算やGPUに対応しており、大規模モデルの高速計算が可能です。また、レプリカ交換法を用いたタンパク質とリガンド(薬剤)の結合構造の効率的な探索や、結合親和性を評価するための自由エネルギー計算など、優れた機能を有しています。

一方で、生体分子のモデリングや結果解析のためには、従来のMDモデリング機能である「COGNACモデラー」だけでは不足するため、新たに「GENESISモデラー」を提供します。タンパク質の分子構造を、PDBなどのデータベースや最近であればAlphaFold2のようなAI技術を用いて取得した後に、生体分子の計算に適した力場パラメータを設定、さらに処理を施してMD計算を実施できるところまでサポートします。計算後は、描画(図2)はもちろん、さまざまな結果解析についてもGUI上で簡単に実施できるようになります。

また、最近では低分子だけでなく、中分子〜高分子医薬品へのシミュレーションの適用も求められています。この場合は大きな系の計算が必要となりますが、J-OCTAでは以前から大規模系のマルチスケールモデリングや結果解析に対応していることに加え、GENESISの強みも発揮されます。

図2. J-OCTAのGENESISモデラによるタンパク質のモデリング
図2. J-OCTAのGENESISモデラによるタンパク質のモデリング

In silico創薬と呼ばれるこの分野では、AIをはじめとしたデータサイエンス、ドッキング計算、MDのような分子シミュレーションなど、さまざまな手法やノウハウが必要となります。J-OCTAですぐに全てに対応することは難しいため、マルチスケールシミュレーションなど得意な領域から機能をご提供していきます。

[5] https://www.r-ccs.riken.jp/labs/cbrt/

[6] J. Compute. Chem. 38, 2193-2206 (2017), http://dx.doi.org/10.1002/jcc.24874

[7] WIREs Comput. Mol. Sci., 5, 310-323 (2015), http://dx.doi.org/10.1002/wcms.1220

4.おわりに

創薬や製剤のシミュレーションについてご紹介しました。これらの機能は、「バイオ材料」のシミュレーションに関しても、必要となる力場パラメータや糖鎖の分子モデリングなど活用することが可能です。

ご興味のあるテーマがございましたら、こちらからお気軽にご連絡ください。

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