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もう一度応答曲面のブラックボックスの中身をのぞいてみる(後編)

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: 技術情報
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DIFFCRASH / JFOLD / ARUP software

エアバッグとダミーの挙動を例にして、ばらつきが発生するメカニズムの因果関係をテーマにお届けしている「もう一度応答曲面のブラックボックスの中身をのぞいてみる」の後編です。前編では、FMVSS208のエアバッグとダミーの挙動にはばらつきが大きいこと、押し下げモードと押し退けモードの2つのモードがあること、その分岐がエアバッグの開き始めの挙動差に起因することの3点が分かりました。今回は、ばらつきの要因となるパラメータがどのように繋がっているかについて、より深く考察します。

パラメータを繋いで影響の鎖を「見える化」する

図7のプロットにおいて、各計算が「点」として表されると述べました。これによって複雑な挙動をする計算結果を「このベース計算結果は(82, 15)で、押し退けモードの代表計算は(-434, 0)です。」と2つの数値で表すことができるようになります。では、入力パラメータである摩擦係数とモード空間上での座標を繋げてみましょう。図9の相関マトリクスでは、摩擦係数(MYU_PD)、ダミーポジション(DX_DMY)のどちらも負の相関を示しています。これは「摩擦係数が上がるとモード空間で負側、つまり押し退けモードになりやすい」、「ダミーポジションが上になるとモード空間で負側、つまり押し退けモードになりやすい」ということを示しており、前編で述べたメカニズムの説明と一致します。

図7(再掲). モード空間の分布とクラスターを特徴付ける変形モード図7(再掲). モード空間の分布とクラスターを特徴付ける変形モード

ここで、相関係数が-0.5から-0.6と、あまり高い数値ではないのは、全体の系が不安定であることが原因です。図9の右側の図はそれぞれの関係を3次元プロットしたものですが、入力パラメータが高い側は連続的ではなく2層になっていることが分かります。つまり、条件が少し変わっただけでどちらの側に転ぶか分からないことを示しています。システムのこの特性を知らずに設計を進めてしまうと、シミュレーションと実験で大きな差が出たり、設計変更で施した対策に対して得られた結果の説明がうまくできなかったりということが起きます。

図9. 入力パラメータと80msでの変形モードの関係図9. 入力パラメータと80msでの変形モードの関係

最後に、モード空間上での各計算結果の座標と最終的に評価する傷害値の間においても相関を調べます。今回のロードケースではエアバッグは胸には当たらないので、CHESTに関係する値は出ていません。そのため、頭部と頸部の傷害を中心に説明します。頭部に関しては、最大加速度と加速度の累積を表すHIC(Head Injury Criteria)が関係し、負の相関を示しています。また、頸部に関してはFX、MYがそれぞれ負の相関を示しており、いずれも押し退けモードになると大きくなることを意味します。

図10. 変形モードと出力パラメータの関係図10. 変形モードと出力パラメータの関係

分かりやすい例としてHICの例を図11に示します。HICは、図にあるようなカーブから区間積分を含む数式を用いて算出されますが、高い加速度であれば短い区間で高い値に、低い加速度でも長時間続けば高い値になるように設計されています。押し退けモードではエアバッグの展開の勢いでダミー頭部が後方に吹き飛ばされるため、現象前半に瞬間的に高い加速度が発生します。一方、押し下げモードではエアバッグの展開の勢いはダミーの頭上を通り過ぎますが、ウィンドシールドでの拘束により展開の後半においてダミーの頭部を押し下げ、そのタイミングでHICが計算されています。これにより1次モードの座標が負、つまり押し退けモードにおいてHICが高くなる傾向が出ていると言えます。

図11. モードとHICの関係

まとめとして、入力パラメータから出力パラメータまでを繋いでみます。図12は、入力と出力をダイレクトに繋ぐ、一般的な応答局面法による可視化結果です。ダミー位置や摩擦が上がることで頭部や頸部傷害値が上がることは分かりますが「なぜ」上がるのかをここから読み解けるでしょうか? もしかすると熟練の乗員安全技術者であれば過去の経験から類似の事例を引き出し、メカニズムのあたりを付けることができるかもしれませんが、そのような熟練者が育つためには長い年月が必要で誰にでもできることではありません。しかも、変化の激しさを増す世の中で新しい技術や新しい現象に対して過去の経験だけで対応していくことは今後ますます難しくなっていくでしょう。

図12. 一般的な応答局面法による感度解析結果図12. 一般的な応答局面法による感度解析結果

では、こちらに今回の分析で得られた知見を加えるとどうなるかを図13に示します。モード空間への投影の関係で一旦負の相関になっていますが、モード空間の座標の正負は物理的な高低とは関係なく、ダミー位置とHICの関係は負の相関×負の相関で結果として正の相関が現れます。そのため、図12と同じことを言っていると分かります。ただ、一旦モード空間に投影し、起きる現象をモード空間の座標というスカラー値に落とし込んだことで「ダミー位置が上がったり摩擦係数が高くなると(エアバッグが額で引っかかりダミーとインパネの間に入り込むことで)、押し退けモードになり(展開初期に強く弾き飛ばされるため)、HICが高くなる傾向がある」というWHY、HOWという情報を含んだ図と見ることができます。

図13. 今回の手法のまとめ図13. 今回の手法のまとめ

最後に

前回に引き続き、DIFFCRASHを用いて乗員安全OoPケースの応答局面の中身をのぞいてみました。今回は主要イベントを1つとしましたが、押し退けモード、押し下げモードをさらにイベントに分解してそれらを繋ぎ、時間的・空間的な解像度を上げ、現象やメカニズムをより深く理解することも可能です。このようにシステムの特性を理解した上でデザインを工夫することで、多少の条件の揺れにビクともしないタフな製品にすること。それが「想定外のこと」の発生を抑制し手戻りを防ぐために、今後さらに重要になると考えます。

今回ご紹介した事例、および、使用したツールDIFFCRASHやJFOLDの詳細については、こちらからお問い合わせください。

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