
CAE Technical Library エンジニアレポート - CAE技術情報ライブラリ
2012.03.01
FEMソフトの選定の目安
昔から企業でCAEを志す若い方々の悩みの一つに「多くの商用汎用FEMソフトの中から自分の業務に一番適したソフトは何だろう? プレゼン情報が多くてどれを選べばよいのか分からない」があります。これは少し難しい問題です。なぜなら「どのソフトがよいか」は解析機能だけでなく「使えるハード環境、人を含む職場環境、解析目的、予算および担当者のCAEのバックグランド等」により一概には言えないからです。
図1a 考える人
図1b 考えるダミー(PRIMER,HybridV)
当初、今から15年くらい前までは、構造系汎用FEMソフトは汎用とは言っても開発の経緯により得意分野がありました。しかし最近はどのソフトも機能を充実させ、また買収したソフトをワークベンチ形式でパッケージの中に並べたりして汎用ソフトとしての完成度を高めつつあるので、解析機能だけを見ると昔のような差別性が明確ではなくなりました。たとえば30年前には「空中に止まっているヘリコプターの構造解析はNASTRANでしかできない」といわれましたが、それに必要な「慣性リリーフの機能」は、今やほとんどのソフトに備わっています。LS-DYNAが得意としていた動的非線形問題についても小規模モデルであれば、どのソフトでもある程度は解けるようになりました。
私の経験でいうと、企業で使うソフトで一番重要なことは「設計部門から要求されるレベルの解析ができるロバスト性」と思われます。これは分かりにくいことですが、たとえば「陽解法コードが大規模衝突解析およびエアバッグを含む流体構造連成に、NASTRANが大規模固有値解析に、ABAQUSのような非線形コードがゴム解析に使われること」が多い理由は、モデル化のノウハウを含む長年の実績があるからです。そしてソフト導入の成果を早く出すには、導入時の教育トレーニングその後のサポートによるところも大きいので、CAEソフトベンダーの選定も重要です。ソフト選定に際しては以上のことを総合的に判断して進めることが望まれます。
陽解法の普及
最近のFEMの大きな流れの一つに陽解法の設計現場への展開普及があります。陽解法の特徴は、応力およびエネルギー等の過渡的な変化を追うことができることです。専門書1)から引用した例題で説明します。
図2に示す一端固定の棒の端面にブロックが当たり、その瞬間に端面に発生する応力を考えます。ここで棒とブロックは、皆さんの会社の製品に置き換えてください。一般に設計現場では、まず当った瞬間の力Fを想定して静的な応力σ=F/Aを算出して、これを評価します。製品を熟知している企業の設計者であれば「当った瞬間の力を想定」というのが経験的に妥当にできるので、時間に追われる設計部署のCAEとしては実用的です。
図2 静的な応力
(応力は断面で同一、時間変化を考えない)
図3 衝撃応力
(応力は衝突の瞬間、端面に発生、その後、棒の中を伝播して行く)
一方、応力波の伝播を考慮した応力は図3のようになります。この応力 σ=ρCV は、棒の密度ρ、棒の中を伝わる音速Cおよびブロックの衝突速度Vで決まり、棒の中を伝播して反対側の端で反射して行ったり来たりします。このような応力の時刻歴変動を直接解析するのが陽解法の特徴です。もちろん、この程度のモデルであれば陰解法でも解析可能ですが、製品レベルの複雑なアセンブリの衝突解析を陰解法で行うことは現実的でありません。陰解法と陽解法の厳密な説明は省きますが、企業の設計現場レベルでざっくり言いますと、図2のように静的な力のつり合いから応力を求めるのが陰解法、図3のように応力波の伝播を考えるのが陽解法と解釈してよいです。図3の衝撃応力については「 運動量の変化=力積 」の関係から算出できるので関心のある方は専門書1)を参照ください。
衝撃解析の具体例として、ボールをバットで打つ解析(図4)がJSOLのWEBサイトで公開されています。応力コンターのアニメーションを見ると、応力波がバット長手方向に伝播するので赤いコンター領域(応力の高い部分)が行ったり来たりしている様子が分ります。このような場合、陰解法ではしばしば収束性が問題になりますが、陽解法ではそれがないので衝突解析が容易に可能になります。また陽解法を経験すると応力およびエネルギー変化等に対する考察力が深まり、陰解法の利用技術も向上します。
図4 ボールをバットで打つ解析
(JSOLのWEBサイトで公開中)
従来、陽解法の使用は自動車メーカや電気・機械・重工業など一部の大企業に限られていましたが、ハードの進歩につれて、ユーザ層が広がり適用範囲も拡大しつつあります。筆者の前職(部品機器メーカ)でも、構造系については従来の陰解法ANSYSに加えて数年前からLS-DYNAを使い始め、FEMに対する知見を広くすることができました。その典型的な事例については前回2)ご紹介しました。いくつかある陽解法ソフトのなかからLS-DYNAを選定した理由は以下です。特に3と4が決め手でした。
- それまで陽解法に未経験で、特定の陽解法ソフトに固執する理由はなかった。
- LS-DYNAは世界で最も普及している陽解法ソフトであり、使用実績が豊富でベンダーから適切な例題サンプルを入手できる。
- ALE法による流体構造連成解析がショックアブソーバ用ダンパーのバルブ解析に有用だった。
- すぐ使える実用的なタイヤモデル(バーチャルデジタイヤ)があった。
- 難易度の高い解析機能にもLSTCは挑戦的に開発を進めている。その意味で、LS-DYNAはCutting Edge Code(先端FEMコード)といわれている。
まとめ
これからのCAEでは「陽解法の積極的な活用」さらに「陽解法と陰解法との連携解析」がキーになると思われます。もし現在の職場に陽解法ソフトが入っていなければ、ぜひ陽解法ソフトの導入検討をお勧めいたします。ベンダーについてはサポートが充実しているベンダーをお勧めします。理由は、サポート費用が発生するものの専門家の優れたサポートを受けることにより、速く品質のよい解析結果が得られるからです。LS-DYNAクラスの本格的な非線形陽解法ソフトになると高範囲な機能を独学で理解するのは困難です。サポートを受けることにより空いた時間を本来業務である製品開発に振り向けることができます。
スポーツでも工学でも上達の早道は「優秀なコーチ、インストラクターを傍におくこと」です。本番の前に基本トレーニングを行うことも大事で、準備不足でいきなり高度な技を試みるとふらついたり転倒することもあります。企業でもCAEを着実に進めるには関係者とのコミュニケーションを含めた解析戦略が重要です。
図5 何事もよいコーチorインストラクターがいると上達が早い
私は、ものづくりメーカで様々な汎用FEMソフトに触れてきました。どれもよいソフトでその多様性を尊重したいと思います。皆さんがいろいろな解析テーマにチャレンジされて、ものづくりの現場で活躍されることを期待いたします。
そして、たまには気分転換にCAEで紙ヘリコプターを飛ばしませんか。さて皆様はツールとして何を使われるでしょうか?
図6 LS-DYNAによる紙ヘリコプター解析2)
筆者の紹介
徳満 祥三
株式会社JSOL エンジニアリングビジネス事業部 技術顧問。カヤバ工業株式会社(現KYB株式会社)にて、CAEによる各種油圧機器の開発支援およびCAEの社内展開に従事。2011年3月定年退職、現在に至る。
- 参考資料
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- (1) 石川, 大野, 藤掛, 別府:基礎からの衝撃工学, 森北出版, p129〜130, 2009年
- (2) 技術顧問就任のあいさつ−LS-DYNAで紙ヘリコプターを飛ばそう−