土木・建築の分野では、しばしば(2)式をカスチリアーノの第1定理とよび、(3)式をカスチリアーノの第2定理もしくは最小働の原理などと呼ばれる。
機械系の色濃い分野では、例えばFung[2] は(1)式を仮想仕事の原理と呼び、(2)式を単にカスチリアーノの定理と呼ぶ。
又、小野[3] は(2)式をカスチリアーノの定理と呼び、(3)式は支持反力のように移動しない場合で、(2)式の特別な場合としている。
では、家元のCastigliano[4] はどのように呼んでいるのであろうか?
残念ながら自ら導いた式に自らの名前をつけてはいない。該当する部分は 第1章の第11節で内部仕事の微係数の定理と呼んでいる。次にそれを抜粋する。(1919年、Andrew により英訳されたもの)
11. Theorem of the Differential Coefficients of the Internal Work.
Part 1.
If the internal work of a framed structure is expressed as a function of a relative displacements of the external forces applied at its nodes, the resulting expression is such that its differential coefficients with regard to these displacements give the values of the corresponding forces.
Part 2.
If, on the contrary, internal work of a framed structure is expressed as a function of the external forces, the resulting expression is such that its differential coefficients give the relative displacements of their point application.
ここでの Part 1 が(1)式に、Part 2 が(2)式に相当している。(3)式に相当するのは、最小働の定理として第13節(13. The Theorem of Least Work)で示されている。
ここでPart 1の(1)式を第1定理と呼び、Part 2の(2)式を第2定理と呼べばすんなり話がつく。成岡も文献[1]p.218 で(1)式をカスチリアーノの第1定理とよび、(2)式をカスチリアーノの第2定理とよぶことにしているが、どうも私はもう一つ落ち着かない。カスチリアーノの定理は(少なくともMatrix変位法やFEM変位法が普及する前までは)(2)式もしくは(3)式が主役であり、(1)式をカスチリアーノの第1定理とよぶことにすると、構造力学でカスチリアーノの定理の占める比重が大きくなり過ぎ、他の研究者の功績が薄くなってしまうからだ。ただし、これには成岡先生も一言あるはずで、ご存命中にご意見を伺っておくべきであった。
又、(3)式を最小働の原理と呼ぶのも少しひっかかる。「極値」だけではなく「最小」であるためには、初期応力が無いとか、熱応力が無視できるとか、補足エネルギーが正値2次形式であるとか、の諸々の条件を念のために追加しておかなければならない。これが結構うっとうしい。ならば、例えば・・
(2)式を カスチリアーノの荷重偏微分定理
(3)式を カスチリアーノの余力偏微分定理 (不静定力は余力とも呼ばれていた)
でどうであろうか? でも結局は、
「名前が何よ。バラをバラと呼ばなくても、その芳しさは変わらないわ」
で一蹴されそう。
(どうです。そうとうイライラしてきたでしょう。邪馬台国論争に負けないくらい悩ましい話で、益々混乱してきます)
ところでカスチリアーノの定理にはちょっとした危険な崖がある。それは荷重 P1,P2,・・・,Pn は相互に独立でなければならない。そのことは実は(2)の証明で必要となる。従属関係にある場合は、鷲津[5]がLagrangeの未定乗数を用いて一般化し、その未定乗数の物理的意味付けまで考察したものがある。それらはまとめて文献[6]の付録Eにも示されている。
北海の巨人、鷹部屋[7]が自著「ラーメン新論」に添えた次の詩が私を未だ捉えてはなさない。
いくそたび わが往きぶりの この道に な知らぬ草を 今朝も摘むかな
- [1] 成岡昌夫「構造力学要論」丸善1974、p.255 では
「応力法」「変形法」は鷲尾による Kraftmethod, Deformationmethode の訳語
とある。鷲尾先生は私の師であるので、日本語流の変形法、応力法の命名者であることを第3者の成岡先生に任せた。ちなみに、私が師に直接「Kraftmethod」なら「応力法」でなく「力法」ではないか、変形には力、歪には応力、が対応するのでは?とかみついたところ、君、「力法」ではごろが悪いだろうと、いたずらっぽく笑いながらあしらわれてしまった。(3)式は仮想断面に働く「向き合った一対の力X」を考えることで証明できる。つまり(3)式のXは力でありながら、応力に似た性格をimplicit に秘めている。若輩であった私はそこまで気がつかなかった。 - [2] Y.C.Fung, "Foundation of Solid Mechanics", Prentice-Hall, Inc. ,1965, p.7(培風館より大橋・村上・神谷による邦訳が1970年に出されている)
- [3] 小野鑑正, "材料力学", 丸善(初版1922, 第2版 1938)p.303
- [4] Carlo Alberto Pio Castigliano, "The theory of equilibrium of elastic systems and its applications", Originally published in 1879, translated into English by E.S.Andrews in 1919, republication by Dover Publications, Inc., in 1966, p.15
- [5] 鷲津久一郎, "Castigliano の定理に関する一覚書",日本鋼構造協会第5回大会研究集会マトリックス構造解析法研究発表論文集, 1971,6月, pp.132-136
- [6] 鷲津久一郎,"エネルギ原理入門", 培風館, 1980
- [7] 鷹部屋福平,"ラーメン新論",岩波,1938 の序