そうだ、ラテン語を勉強しよう。そうすれば、フランス語やイタリヤ語も片言ぐらいは話せるかもしれない。映画のスクリーン上でジャン・ギャバンのつもりになってフランソワーズ・アルヌールと雨の夜にデイトもできるし(ヘッドライト)、アラン・ラッドのつもりになってソフィア・ローレンとエーゲ海で海の底の遺跡物を探すこともできる(島の女)。
しかし甘かった。ラテン語の語尾変化はすさまじい。ドイツ語と同様に男性、女性、中性で異なるのはもとより、いろいろな格や単複に応じて千差万別に変化する。手元の羅和辞典[1]の巻末では実に34ページもついやしている。こりゃーダメだ。私のよこしまな妄想はジャン・ギャバンやアラン・ラッドとともに消えた。とはいえ、それで終わりでは少し癪なのでラテン語について少しばかりおつきあい願いたい。
ラテン語でvideo は見る、audioは聴く。 Octoberや November はそのまま英語になっている。ここで10月(October)のoctoはギリシャ語で8を意味し10ではない。ちなみに「タコ」のoctopusも8本足に由来している。多分、ジュリアス・シーザーとアウグストゥス帝を記念するJulyとAugustが割込んだので、ずれたのだろう・・とぼんやり思っていた。しかし、それなら1年が14ヶ月になってしまう。それにOctoberが10月ならoctopusの「タコ」も10本足になって「イカ」になるではないか。
実は、最初はMarchが年のはじめであった。だからOctoberは8番目で落ち着いていた。しかし、それがBC153年からJanuaryが年の初めに変更された。ただし呼び名はそのまま残されたので、それでOctoberは年の10番目になったわけだ。(ここは文献[1]の受け売り)
ローマ人よ、手抜きしてはいけない。まぎらわしい名前は改めるべきだ。同じようにギリシャ語の数字を踏襲するなら10月は Decaber11月はUndecaber 12月は Dodecaber となる。でかいバー、うんとでかいバー、どでかいバー、と憶えやすい。秋口から年末まで酒飲みにはこたえられない月間となる。おっと、塩野七生さんに品性を疑われそー。
ところで、力学の用語もラテン語に由来するものが多い。固体はsolidum で流体はfluidum である。 ただし、ローマ時代ではきちんとした力学モデルの「固体」や「流体」を意味したものではない。せいぜい固いもの、流れるもの、といった程度だったのではなかろうか。力学モデルとして完成するまでには長い年月を要している。コーシー(Cauchy)やベルヌーイ(Daniel Bernoulliのほう)らをはじめ多くの人々の努力の成果である。
そもそも、ラテン語が力学と結びついたのはガリレオが1632年に出版した「天文対話」やニュートンが1687年に出版した「プリンキピア」あたりからであろうか。「天文対話」は法王庁から半年後に発禁処分となったが新教国のオランダでイタリヤ語からラテン語に翻訳されてElsevierからこっそり?再出版された。「プリンキピア」もラテン語で書かれた。当時の学術書はラテン語で書かれるのが常識だったようだ。プリンキピアの初っぱなで、物質の量の定義は次のように書かれている。
左がラテン語の原文で右が英訳(2010.1.21付けの本コラムでも紹介済み)である。英訳では訳者の親切心から説明が追加されている。
Def. I. Quantitas Materiæ est mensura |
Definition I The quantity of matter is the measure of the same, arising from its density and bulk conjointly. |
両者を見比べると、ラテン語もまんざらチンプンカンプンではなく、何となくわかるような気もする。
ラテン語の固体solidumや 流体fluidum を英、仏、伊、スペイン語で表すと
英:solid, fluid、 仏:solide, fluide、 伊:solido, fluido、スペイン:solido, fluido
となり、ほとんど変わらない。