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CAE Technical Library 吉田弾塑性工学塾 - CAE技術情報ライブラリ

2020.9.24

4.大ひずみ繰り返し塑性変形の特徴
- 塑性力学、材料モデルの研究に魅せられて -

  • Fig. 1 板の引込み曲げにおける応力―ひずみ挙動(模式図)画像拡大

    Fig. 1 板の引込み曲げにおける応力―ひずみ挙動(模式図)

私は、1990年代の中頃までは繰返し塑性変形の研究を、他の多くの研究者と同様、2〜5%程度)領域に限定して行ってきました。というのはこの研究の応用には構造物の低サイクル疲労を考えていたからです。また、材料の異方性についてもあまり強い関心がありませんでした。しかし、板材成形の研究を手掛けるようになってから、大きなひずみ領域の塑性変形のモデル化、バウシンガー効果や異方性が重要であるという気持ちになりました。1990年代後半から2000年代前半には、自動車業界では高張力鋼板(当時の主流は590MPaレベル)が多く使われるようになっており、その大きなスプリングバックの予測と対策に困っていました。板材成形シミュレーションではスプリングバックの計算は不可能と言われている時代です。

  • Fig. 2 積層板試験片を用いた繰返し引張り圧縮試験
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    Fig. 2 積層板試験片を用いた繰返し引張り圧縮試験

  • Fig. 3 応力反転における応力−ひずみ挙動(590 鋼板)
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    Fig. 3 応力反転における応力−ひずみ挙動(590 鋼板)

私は、当時のスプリングバック計算の不具合の大きな理由のひとつにバウシンガー効果を無視した材料モデルが使われていることがあるのではないかと思っていました。例えば、Fig. 1に模式的に示すように、板プレスで多い引き込み曲げ・曲げ戻しでは、初め平坦な板はまずダイ肩部を通るときに引張り曲げを受け、その後に曲げ戻され(板は再び平坦になる)、さらに金型から解放されるときにスプリングバックを起こします。このプロセスは典型的な繰返し塑性変形なので、バウシンガー効果や繰返し加工硬化を正確に表現する材料モデルを使わない限り正確なスプリングバック計算は無理だと思ったわけです。

一方、私は、自分自身の繰返し塑性(cyclic plasticity)の研究にも手詰まり感を抱いていました。論文は国際ジャーナルにいくつか書いていたものの、他の研究者のものより高い優位性があるというほどでもないという気分に悩まされていました。そこで、今までの微小変形の研究をベースにして、産業界で使ってもらえるような大きなひずみ領域のcyclic plasticity modelを手掛けてみようと思い立ちました。

そこで、まずは大ひずみ領域の繰返し塑性変形の実験をプレス用薄板で行うことから始めました。私の研究スタイルは「まずは実験観察から」というものです。このときの実験での最大の問題は、いかにして板の圧縮において座屈をさせないかということでした、そこで考えたのは、Fig. 2に示すように、板を何枚も重ねて接着剤でくっつけて試験片を作ることと、座屈防止用に試験片面内を加圧することでした。この方法はうまくゆき、従来の研究では得られなかった大きな繰返し塑性ひずみが得られました(Fig. 3参照)。実験からは以下のような興味ある応力−ひずみ挙動が観察されました(参考文献1))。

  • Fig. 4 SPCC およびSPFC590 鋼板の繰返し応力−ひずみ挙動画像拡大

    Fig. 4 SPCC およびSPFC590 鋼板の繰返し応力−ひずみ挙動

(1)応力反転後の再降伏は極めて早い段階で起こり、その後、加工硬化率が急激に変化する遷移的バウシンガー効果、永久軟化(バウシンガー効果がないと仮定した場合より流動応力が小さい)が起こる(Fig. 3参照)。

(2)繰返し加工硬化は数回のひずみサイクルでほぼ収束するが(注:硬化収束までのサイクル数は材料に依存する)、大きな繰返しひずみ幅のサイクルほど大きな応力振幅に収束する(Fig. 4参照)。

(3)応力反転時(遷移バウシンガー効果直後)に加工硬化が一時休止したような挙動(workhardening stagnation、Fig. 4のSPCCで特に顕著)が見られる。

(4)引張り塑性変形後の除荷・再負荷における応力−ひずみ応答は教科書に書いてあるような直線ではなく、わずかに曲線となっており(Fig. 5(a)参照)、除荷の応力−ひずみの線形近似勾配(便宜的にこれをヤング率と呼ぶ)は塑性ひずみとともに低下する(Fig. 5(b)参照)。この現象を「ヤング率の塑性ひずみ依存性」と呼ぶ。

  • Fig. 5 980DP 鋼のヤング率の塑性ひずみ依存性
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    Fig. 5 980DP 鋼のヤング率の塑性ひずみ依存性

これら(1)〜(4)の現象は、ほとんど全ての金属材料に共通のもので、個々の現象については、いくつかの論文に書かれていました。私自身は、現象(3)以外はこの実験を行う大分前から、微小ひずみ域の実験観察でよく知っていました。現象(3)は大きな塑性ひずみの繰返しのときのみに明確に現れるものでしたので、私はこの実験で初めてこの現象を知ったのですが、その後いくつかの論文(主に材料学の論文誌)でこの現象をworkhardening stagnationと呼んでいることを知りました。

材料モデルについては、上記(1)〜(4)の全ての現象を記述することをターゲットに定めました。それまでの繰返し塑性モデルにはそのようなものは皆無でした。このことについては、次回以降に少し詳しく述べてみます。

■参考文献■
  • [1] Yoshida, F., Uemori, T., Fujiwara, K., Elastic-plastic behavior of steel sheets under in-plane cyclic tension-compression at large strain. International Journal of Plasticuty 18, (2002), pp.633-659.

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