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vol.34 行列(Matrix)とトポロジー(Topology)と鷲尾先生
2014年11月11日
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ところで、奇妙に聞こえるかも知れないが、離散系には図-2のように部分構造が何故に有用なのだろうか? もし、万有引力のように全ての節点間で相互作用が働いていたとしたらどうだろう? 節点間相互作用の関係の「あるなし」を点と線で表すならグラフ理論でいうと完全グラフ(complete graph [6])に相当する。剛性行列でいうならフルマトリックスだ。もはや部分構造を切り出すことはできない。つまりユニット分割法(もしくはブロック消去法)がメモリーの有効利用に役立つのは相互作用の希薄性(sparse 性)を前提としている。そして「部分」が生まれると次に「部分」の「内部」「境界」「外部」といった概念も付随してくる。まさに数学の根幹をなす一般位相(general topology)の世界である[7,8]。ブルバキの数学原論でも、まず「集合」があって、すぐ次に「位相」がくる。後に延々と続く議論の展開に都合が良いからであろう。例えば、点と点の間に何らかの関係(例えばユークリッド距離やグラフ距離など)や点近傍や連続もしくは連結の概念などが与えられれば(空間に)位相が導入されたことになる。
同じトポロジーでも、連続変換群によって不変的な性質を論じるホモトピーやホモロジーなどの概念を据えた「位相幾何学」[9]はこの一般位相と異なるようにみえる。例のドーナツとコーヒーカップが同じというポアンカレ発案による「やわらかい」幾何学だ。トポロジーといえばこちらを連想する方が多いはずだ。しかし、両者ともトポロジーに包含される。フランスのナンシーはアール・ヌーボーの拠点で芸術の新しいいぶきの地である。その地で1904年に発表された「ポアンカレ予想」は芸術と数学の違いこそあれ「やわらかい」因縁で結びついているのかも知れない。その予想は白熱した議論[10]を生み、トポロジーを広大な領域に広げると同時に、我々を夢の世界へといざなう。まさしく夢のような、である。
離散系の部分構造はともかく、固体の力学にも領域とかその表面が無造作に定義されている。これは一体どういうことだろう?
興味深い研究があった[11]。量子力学で用いるラチス構造[12]に「最」近傍力のみ(隣あったparticle 間のみの相互作用)を与えて、ラチスの間隔を極限小にすると弾性体が得られる。つまり、固体の仮想断面力などは最近傍力という前提を無条件で用いている。もし強力な磁性体なら遠隔力も作用するので仮想断面や表面の釣り合いなどに関する力学的な意味はぐっと薄れることになる。こう考えると、弾性体や弾塑性体は重力は別として遠隔力が働かないと言う意味で離散系より単純な構造であるともいえる。
再び話を図-2に戻す。この方法を動的な3次元問題へと拡張した[13]。そうこうしているうちに新種の離散化モデルである剛スプリングモデルが川井先生により発案された[14]。ここで、節点とは、要素とは、と改めて考え直し、統一的な形式で再定義した[15]。
鷲尾先生は「構造力学から古典解析力学に寄与するところがあるとすればトポロジー的な扱いだ。これを公理的に整理するのが君の仕事だ。」と謎の言葉を残して1971年に退官され、その後、口を出されなかった。非力故、学位論文提出は相当遅くなってしまった。
文頭の会話でのポアンカレの三部作は暗に読むように示唆されたものだ。行列に関する論文[3,4,5]を読むように言われなかったのは、FEMで得意になって?いるようだから水をさすのも・・程度だったのではなかろうか。そして、何でも、やってみたい事は一度やってみる。これは自慢のアイアンを削ることでその気迫を教えてくれたのかもしれない。超高層の鉄筋の一本一本から杭、地盤にいたるまでありのままモデル化して解析に挑戦した動機も、それ以外にあれやこれや挑戦したのも、このアイアン削りに繋がっていると今では確信している。
(本文の後半はかなりはしょっている。一部、私の独断も含まれているので、どうか眉にツバをつけて・・)
- [1] 大阪大学大型計算機センター「大次元行列研究報文集」1972.3.27〜28、pp.48-57
- [2] 鷲尾健三、橘英三郎、小林勝一、増田幸雄「版を有する骨組の解法に関する研究(特に4層2スパンの模型実験による考察)」日本建築学会近畿支部研究報告集、1972、pp.105-108
- [3] 鷲尾健三「弾性等式の行列による表示」建築学会論文集、第27号、1942、pp.94-99
- [4] 鷲尾健三「逐次解法理論の基礎」建築学会大会論文、1934、pp.346-361 ではMatrixなる用語が頻繁に用いられている。
- [5] 鷲尾健三「複式骨組理論における多元1次連立方程式の根精度の調べ方」建築学会論文集、第23号、1941、pp.109-115
- [6] Frank Harary, "Graph Theory", Addison-Wesley, 1971, p.16
- [7] 竹之内脩「トポロジー」廣川書店、16版、1975(初版は1962年)
- [8] G.T.Whyburn, "Topological Analysis", Princeton Univ. Press, 1958 これは竹之内先生推奨の本、ただし難解で所持すれど全く読んでおらず。
- [9] 河田敬義「位相幾何」岩波書店、1965
- [10] 春日真人「100年の難問はなぜ解けたのか」新潮文庫、2011 ポアンカレ予想は約100年後の2006年にロシアの天才ベルリマンにより位相幾何学でなく微分幾何学により証明されたらしい。らしい、というのは、私のような熊さん八っつあんには逆立ちしてもわからないから。
- [11] D.C.Gazis, C.Gong, "Lattice Theory and Mechanics", R.D.Mindlin and Applied Mechanics, edited by G.Herrmann, Pergamon Press, 1974, pp.255-289 退職時にこの論文を紛失。
- [12] M.Born, K.Huang,"Dynamical Theory of Crystal Lattices",Oxford at the Crarendon Press, 1954
- [13] 橘英三郎「質点系における有限要素法について」JSSC, 第9回、マトリックス構造解析法研究発表論文集、1975、pp.21-26
- [14] 川井忠彦「新しい離散化モデルとその船体構造解析への応用(その1)」日本造船学会誌、第585号、1978、pp.109-115
- [15] 橘英三郎「離散的な力学モデルにおけるトポロジー的な諸概念の定式化について」、日本建築学会、第1回電子計算機利用シンポジウム、1979、pp.253-258
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