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CAE Technical Library 吉田弾塑性工学塾 - CAE技術情報ライブラリ

2019.1.29

2.Bauschinger効果とCyclic Plasticityの研究への入口
- 塑性力学、材料モデルの研究に魅せられて -

  • Fig.2-1 高張力鋼板の応力反転におけるBauschinger効果と繰返し塑性変形における応力−ひずみ応答画像拡大

    Fig.2-1 高張力鋼板の応力反転におけるBauschinger効果と繰返し塑性変形における応力−ひずみ応答

  • Fig.2-2 塑性予ひずみを受けた980MPa高張力鋼板の完全除荷・再負荷における非線形応力−ひずみ応答画像拡大

    Fig.2-2 塑性予ひずみを受けた980MPa高張力鋼板の完全除荷・再負荷における非線形応力−ひずみ応答

Yoshida-Uemori model [1]-[3] は大変形繰返し塑性モデル(Large-strain cyclic plasticity model)として、Bauschinger効果と繰返し硬化特性を精度良く表すモデルです(Fig. 2-1参照)。これは、現在では主に板材成形シミュレーション、とくに高張力鋼板のスプリングバックの計算に使われています。私がBauschinger効果とCyclic Plasticityに関心を持つようになったのは、いくつかの理由がありました。先回の「1.降伏条件の実験研究を始めた頃」で書いたように、私は塑性予ひずみを加えた後の降伏曲面に関する実験研究からスタートしていましたので、Bauschinger効果が(マクロな応力−ひずみ挙動として)どのように発現するかはかなりわかっており、その表現(モデル)は私の重要な研究テーマでした。例えば、塑性予ひずみを受けた後の除荷における非線形応力―ひずみ応答(Fig. 2-2参照)に関する論文が最近いくつか見られるようになりましたが、私はその実験事実自体はその頃によく知っていました。

一方、Cyclic Plasticityに関心を持つようになったのには2つの理由がありました。一つは、私が1972年に東京工大を卒業してすぐに、白鳥先生からお声をかけていただいて、東京工大精密工学研究所の助手になったときに、先生から与えられテーマが高速回転円板の低サイクル疲労だったことです。当時、研究室では小幡谷先生が低サイクル疲労の研究で素晴らしい成果を上げておられました。白鳥先生は高速回転体の弾塑性解析と強度では日本のトップリーダーでした。その頃、タービンロータの大きな破壊事故などもあり、日本機械学会の中に、白鳥先生をリーダーとする回転体の強度の研究委員会が立ち上がったときで、この低サイクル疲労はその委員会としての重要なテーマでした。この高速回転体の低サイクル疲労の研究については、私の長い研究生活の中でも最も苦労したものでしたので、少し後でまとめてお話ししたいと思います。

  • Fig.2-3 パイプに小さな軸力と繰返し塑性ねじり変形を与えるときのラチェット変形(軸方向ひずみの進行)画像拡大

    Fig.2-3 パイプに小さな軸力と繰返し塑性ねじり変形を与えるときのラチェット変形(軸方向ひずみの進行)

  • Fig.2-4 ラチェット変形における塑性ひずみ増分の方向(模式図)画像拡大

    Fig.2-4 ラチェット変形における塑性ひずみ増分の方向(模式図)

もうひとつ、私をCyclic Plasticityへ強く引き付けたのは、日本機械学会の春の講演会で(おそらく1975年前後)、東京大学の朝田泰英先生と鵜戸口英善先生が発表された「機械的ラチェット」に関する実験結果の報告でした。これは、Fig. 2-3に示すように、金属パイプの軸方向に材料の降伏応力よりはるかに小さい一定の荷重W0を加えながら繰返しねじり塑性変形を与えると、繰返しとともに軸方向に塑性ひずみがどんどん進行するような現象です。ボルトを締めるのに使うラチェットという工具は繰返しねじりによってボルトを軸方向に進行させますが、それと似た挙動です。一定のトルクに軸方向繰返し引張り圧縮を加えれば、繰返しとともにねじりひずみ(せん断ひずみ)が進行します。

この講演を聞いて深く感動した私は、白鳥先生にお願いして、東大の朝田先生(当時は工学部助教授)の研究室を訪問させていただくことにしました。当時、私は大学卒業後間もない(20代半ば)の若輩でしたが、朝田先生は実験装置を見せて丁寧にご説明していただきました。そのことは今でも忘れられない貴重なありがたい経験でした。

ラチェットの塑性力学的な意味は次のように説明できます。Fig. 2-4では、ラチェットにおける応力 \(\sigma \) とそのときの塑性ひずみ増分 \( d{\varepsilon}^p \) の方向を降伏曲面(ここでは簡単に、von Misesの降伏関数を用いて(せん断応力: \( \sqrt{3}\tau_{z\theta} \) 、 軸応力: \( {\sigma}_{zz} \) )平面上の円形)を使って模式的に表しています。塑性ポテンシャル理論(関連流動則: associated flow ruleともいいます)によれば、塑性ひずみ増分 \( d{\varepsilon}^p \) の進行方向は、降伏曲面上にある応力点 \( \sigma \) において、降伏曲面に垂直になります(垂直則:normality ruleといいます)。すなわち、降伏関数を
\[ { f(\sigma}_{ij}{)}={0}, i,j=x,y,{\scriptsize Z}\hspace{7.8em}(1) \] と書くと、 \[ { d\varepsilon}_{ij}^{\ p}=\frac{\partial f}{\partial{\sigma}_{ij}} { d\lambda} { d\lambda}=\mathsf{スカラー}\hspace{6em}(2) \] となります。したがって、ラチェットで、一定の軸応力 \( {\sigma}_{\scriptsize ZZ} = {\sigma}_d \) が与えられ、それに重畳して繰返し塑性せん断応力 \( {\tau}_{{z}{\theta}} = {\tau} \) が加えられれば、塑性ひずみの進行方向は常に軸方向の成分 \( d{\varepsilon}_{\scriptsize{ZZ}}^{\ p} \) を持つので、ねじりの繰返しに伴って軸方向塑性ひずみが累積してゆくことになります。

  • Fig.2-5 Mrozの多曲面塑性モデル画像拡大

    Fig.2-5 Mrozの多曲面塑性モデル[4]

  • Fig.2-6 Distortionモデルによるラチェットの計算画像拡大

    Fig.2-6 Distortionモデルによるラチェットの計算[6]

まず初めに、Mroz(ポーランド基礎工学研究所)の有名な多曲面モデル[4](降伏曲面の周りにそれぞれの加工硬化係数を持つ多くの曲面を配置し、その移動硬化により加工硬化とBauschinger効果を表現するモデル、 Fig. 2-5参照)を使ってラチェットの計算をしてみると、ひずみの進行をかなり大きく見積もりすぎることがわかりました。私は、その理由が降伏曲面(塑性ポテンシャル)のゆがみ(distortion)にあるのではないかと思い、考案したdistortionモデルでその問題を解決しました(Fig. 2-6参照)。この論文は日本機械学会論文集[5]に初めて発表し、その後、他の変形モードについての解析結果も含めて国際誌Journal of the Mechanics and Physics of Solids[6]にも発表し、大きな反響がありました。

ラチェット現象がCyclic Plasticityのメインテーマとなったのは1980年代でしたので、私はこれより少し早くこの現象の塑性力学に着手したことになります。なお、Cyclic Plasticityという研究ジャンルが塑性力学研究のひとつの柱として広く認識されてきたのも1980年前後かと思います。なお、ラチェットの研究のその後の発展については追ってお話ししたいと思います。


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